慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

10月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、10月29日(日曜)10時より行います。テーマは「末法の時代に生きる」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

お説教の準備 PART1

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 今、お説教の準備の日々です。お説教に呼んでいただいたときは、その時間に合わせ、また法要の種類、聴いてくださる方々の様子など、さまざまな状況を受け止めながら原稿を書きます。

 時間は短いときは20分ぐらいから、長いときは1時間を一席として、一日四席ということもあるのです。私は「浅学菲才」という言葉がけして謙遜ではない、情けない説教師なので、準備を念入りにしないと大変です。

 原稿をきちんと書き、何度も声に出して読み、その上で要点だけを書きだして、実際にそれを見ながら話しをします。練習は布団に入ってからです。布団の中でブツブツ言っているのですから、誰かに見られたらちょっと不気味かな?

 本当は、率直に感想を言ってくれる近しい人に聞いてもらうのがベストでしょう。こういう人がそばにいる人は幸せですね。

 実際にお説教をするときは、何も持っていかないのが理想だと言われています。原稿を読み上げるようなのが最低で、何も見ずにお話しをするのが原則です。

 私は、説教の中に法然源空上人(法然上人)などのお言葉やお経の中の言葉を引用するときは、暗記ではなくきちんと書き写したものを読み上げたいと思います。う~ん・・・やっぱり暗記するほど練習すべきなのかしら?

 また、年号、人名なども練習しますが、やはりメモは欲しい・・・と悩ましい日々です。

◎今日の写真は私の母校の庭に咲いていたバラです。

お彼岸法要のポスター作り。お彼岸の法要は3月18日です。

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 玄関先に置いている鉢植えの枝垂れ梅が咲き始めました。慈雲寺には梅の木が二本、鉢植えが二つあります。それぞれ開花期がかなり違うので、梅を愛でる日々を長く楽しめます。

 さて、外はすごい風。春一番・・・かしら?春が近づいたら、お彼岸ですね。今朝はパソコンの中に入っていたテンプレートを使って、お彼岸の法要のポスターを作ってみました。思ったより簡単にできました。これからは、もっとカラフルな告知ポスターを作ろうと思います。

 お彼岸の期間中は去年に続き、慈雲寺が所蔵している「当麻曼荼羅」の御開帳をいたします。原本は奈良時代のもので、奈良の當麻寺に所蔵されています。慈雲寺にあるのは、その四分の一サイズですが、極楽の様子を創造するにはピッタリの曼荼羅ですよ。期間中はいつでもお参りしていただけますから、ゆっくりとお近くで拝んでください。細部も見ていただきたいので、拡大鏡も用意しておきますね!

 3月18日の10時からはお彼岸の法要をいたします。

 慈雲寺にお墓を御持ちの方の御供養をいたしますが、どなたでも歓迎いたしますので、お寺でゆっくりお彼岸を過ごしてみたい方は、ぜひご参加ください。

 短い法要の後で、『当麻曼荼羅』についてのお話しを少しいたします・

 どなたでも、お気軽にお参りくだしませ。

◎今日の写真は、カナダ・バンクーバー市のクィーン・エリザベス公園の花壇です。

五十回忌の法要の温かな思いと大切さ

 

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 私は、三年前に慈雲寺に赴任するまで数十年間北米で暮らしていました。日本の慣習についてカナダの友人たちに話をすると必ず「ああ、それは良い習わしだね。」と言われたのが「法事」です。

 キリスト教では葬儀はありますが、仏教のような年忌法要は行われません。しかし、カナダの友人たちは、何年かに一度、縁者が集って故人を偲ぶのは、とても良い機会だと言うのです。

 三十三回忌や五十回忌になれば、故人に直接会ったことのない親族も集まることになります。しかし、集まった人たちが故人について語りあうことで、若い人たちに「家族」の思いが伝えられていくのは、なんて温かで素晴らしいことでしょう。

 先日、ある方の五十回忌がありました。亡くなられた方の曾孫、玄孫たちまで集まって、穏やかで、温かな雰囲気が感じられる法要でした。私も、心を込めて『阿弥陀経』を読誦させていただきました。

 めったに会う機会のない、いとこやまたいとこたちに会えるのも、法事の大切な供養の一つです。もちろん、一族の多くの人が集まれば、不満や怒りの感情を思いだしてしまうこともあるかもしれません。しかし、十年、三十年、五十年・・・時間の流れで自分の感情のもつれが解きほぐされることや、思い出を語り合ううちに誤解が説けることもあるかもしれません。

 法事には、たくさんの功徳があります。亡くなった方への供養は、けして一方通行ではなく、極楽からたくさんの温かなものを受け取る機会でもあるのです。

 ぜひ一度、お墓の墓碑を確認してください。もし、年忌の年、特に五十回忌が近づいているようなら、法事をご縁のあるお寺と相談なさってはいかがでしょう?もちろん、慈雲寺でもご相談くださいませ。

◎今日の写真はカナダのニューファンドランド島でみた野草です。

 

 

 

今日は少し温か。梅のつぼみもふっくら

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 昨日も今日も家の中の方が外の陽だまりの方が温か。お正月から咲き始めている盆梅は、そろそろ盛りを過ぎているのですが、鉢植えの枝垂れ梅の蕾が膨らんできて、もう明日にも咲きそうです。

 そして、庭の白梅がついに開花!庭には紅白の梅の古木が一本ずつあるのです。目白や鶯もやって来るのです。うれしい。

 今年は梅の開花が少し遅いらしいけれど、それでも確実に春が近づいているのですね。

 今日は社寺建築の建築会社の営業の方が訪ねていらっしゃいました。初めて訪ねてくださった方です。まあ、慈雲寺の本堂を見れば、「これはそろそろ修理の時期」と一目で判断できますよね。しかし、玄関を入れば、すぐに「このお寺、ビンボー」とわかるはずですけれどね・・・・

 その方が「こちらのお寺には少し驚きました。本堂の中でお参りできるし、お茶まで用意されていて・・・」と言ってくださいました。このところ続けて数人の方から同じような言葉を聞きました。「仏様の前でゆっくりお参りできるお寺は少ない。ここにお参りさせていただけて嬉しい」・・・こんな言葉を聞かせていただけると、私の方こそありがたいと思います。

 以前にも書きましたが、私が慈雲寺に赴任した三年前、一番最初にしたことは門の柵を開くことでした。どなたでも境内に入ってお参りしていただきたいと思ったからです。本当は24時間オープンにしたい(カナダのカトリックの教会は深夜でもドアは開いています)のですが、それはさすがにご近所の方に心配をかけてしまうようで諦めました。

 いちおう、夕方になったら本堂を閉めますが、ご連絡いただければいつでも本堂の扉を開けますよ!

 静かに写経したり、仏様の前で静かに座って祈ったり・・・お寺は仏様に出会い、自分自身と向き合うための場所です。また、そんなに堅苦しく考えず、お茶を飲んで、お菓子を食べて、一休みする場所として慈雲寺を思い浮かべていただきたいと願っています。

 梅の花も綺麗になりますよ。ぜひお花見においでください。

◎今日の写真は上野の東照宮でみた苔玉です。

今日はお釈迦様が入滅なさった涅槃会の日です。

         (たつの市所蔵)

  旧暦の2月15日はお釈迦様が入滅なさった日です。この日には各地のお寺で「涅槃会」が行われます。旧暦ですので、3月15日に行うお寺も多いですが・・・・

 涅槃会の前後には、お釈迦様のご入滅の様子を描いた「涅槃図」の御開帳をするお寺も少なくありませんし、その図を示しながら絵解きの説教が行われる場合もあります。

 私はこの涅槃図を拝むのが大好きで、京都の本山(総本山光明寺)に居候していた時には、涅槃図の御開帳があると聞くと、京都中を走り回って拝ませていただきました。

 北を枕にして横たわるお釈迦様の周辺に弟子の僧侶たちや、一般の信者、そして動物たちまで集まって悲しんでいます。

 この図は、さまざまなことを語りかけてくれますが、私にとっては「人は、愛する人と別れるときが必ず来る」という現実を直視する大切な機会です。

 また、修行を積んだ僧侶たちも、手放しで泣いている姿は、お釈迦様がどれほど慕われ、多くの人に(動物にまで)深い影響を与えていたのかが感じられて、「お釈迦様の教えに従って行こう」という思いを新にできる機会でもあります。

 宗教画は、約束事がたくさんあるので、涅槃図の構図や描かれている人物などは基本的には同じなのですが、描く人の思いによって少しずつ違いがあります。その違いを発見するのも楽しみです。

 私は図の右上に描かれている摩耶夫人の姿に注目しています。摩耶夫人はお釈迦様のお母さまですが、息子を生んですぐに亡くなってしまいます。しかし、彼女は死後、忉利天という天界に生まれ変わっていました。その摩耶夫人が息子の重病を聴いて、特効薬を持って駆け付けようとしている姿です。間に合わないと知った夫人は、その薬を天から投げ下ろすのですが、木に引っかかってお釈迦様に届かない!(別の解釈もあります)お釈迦様の頭の上の木に引っかかっている袋がそのお薬だそうです。

 子を思う母の気持ちが伝わってきますね。

 もし、ご近所のお寺で御開帳があるようでしたら、ぜひぜひお参りしてください。双眼鏡や単眼鏡など、細かいところが見えるものを持参なさるのがおすすめです。

◎今日の写真は兵庫県たつの市が所蔵する狩野永納の描いた涅槃図です。

清水富美加さんの"出家”騒動に慈雲寺も巻き込まれた?!

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 いつもはとても地味なこの慈雲寺のブログが、昨日から突然アクセスが普段の三倍に跳ね上がりました。今日も順調(?)に数字が増えています。なぜかしら??と不思議に思っていたら、お昼のワイドショーを見て、「ひょっとしてこれか?」と思い当たりました。

 清水富美加さんが幸福の科学に「出家」すると宣言したというニュースです。たぶんの「女性の出家」のようなキーワードで検索して、慈雲寺のブログにたどりついたのでしょう。

 まだ詳しい情報が出ていないので、清水さんの「出家」について感想を言える状況ではありませんが、なかなか興味深いポイントがいくつもありました。

 まず、幸福の科学という新宗教に「出家」という概念があることは知りませんでした。教団の広報の方が、「出家したとはどういう意味か?」という記者の質問に「生活の100%を宗教活動に捧げる」と答えていましたが、そのすぐあとで「教団の広報活動などに・・・」という言葉。教団の広告塔になることが「出家」ということでしょうか・・・芸能界の活動に相当疲れていたような清水さん。これから心穏やかな暮らしができることを祈らずにはいられません。もう人に利用されるだけの生活にはうんざりでしょうから・・・・

 もう一つ興味深かったのは、幸福の科学の広報の人の服装。仏教の衣やカトリックの司教のようなものを混ぜ合わせたようなスタイル。幸福の科学が注目され始めたとき、教祖はサラリーマンのようなファッションで、その「普通さ」がユニークだと思ったのですが、結局、ごてごてした「宗教的権威」風になっていったのでしょうか?

 そういえば、最近名古屋駅前にできた同教団の巨大な建物(名古屋本部?)も、ギリシャ風?なんでそうなるのかなぁ?古代の権威を拝借ってことでしょうか?

 これから清水さんがどんな生活を始めるのか、とても興味深く思います。

 「出家」の意味は仏教幸福の科学では、おそらく本質的に異なるでしょうが、私はこのブログで何度もお話ししているように、「尼僧」という生き方は、女性のライフスタイルの選択肢の一つとして、もっと認識されて良いと思います。私は出家したことを今まで一度も後悔したことはありませんし、阿弥陀様と皆さまのおかげで、喜びの多い穏やかな暮らしを送らせていただいています。

◎今日の写真は、郡上八幡の名物、食品サンプルの揚げ物(?)のゴジラ

3月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は3月26日に行います。テーマはお寺をご縁にした”寺縁墓”についてです。

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 今日は二月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」の日でした。冷たい隙間風がピューピュー吹いてくる本堂で寒さを我慢しながらお話しを聞いていただきました。本当にありがたいことです。

 来週の15日はお釈迦様が亡くなられた涅槃会です。今日はそのお話しを少しして、これからのお葬式について、私が思っていることをお話ししました。

 来月「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、今月のお話しの続編です。「納骨堂や散骨の時代に改めて"寺縁墓”を考える」というテーマでお話しさせていただきます。自分の家が代々檀家になっているお寺の墓地に眠るという埋葬の在り方は大きく変化しています。大規模な霊園やハイテクを駆使した納骨堂、合祀墓、そして全くお墓を造らない散骨まで、いろいろな選択肢は広がっています。

 こういう時代だからこそ、生きている間にお寺とのご縁を深め、その延長上に葬儀や埋葬が位置づけられる”寺縁葬”や”寺縁墓”を御一緒に考えてみましょう。

 3月26日の10時より行います。どなたでもお気軽においでください。

◎今日の写真は近江八幡近江兄弟社で見た、様々なメンソレータムの類似品のケースです。なんだかレトロな雰囲気がいいですね。