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慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

6月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は6月18日10時より行います。テーマは「悔いを残さないお別れ」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

大人だけで祝う花まつりもなかなか良いものでした。

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 今日はお釈迦様がお生まれになった日、誕生会(たんじょうえ)の日です。ようやく、小さな赤ちゃんの釈迦像が見つかったので、慈雲寺でも花まつりの行事を再開することにしました。

 今、慈雲寺にホームスティしているカナダ人の友人がお御堂の花飾りを作ってくれました。彼女は映画やテレビドラマのセットをデザインする専門家なので、なかなか凝った花飾りになりました。ご近所の花屋さんに「売れ残りそうな花があったら安く譲ってください」とわがままなお願いをしたら、まだ十分に商品になりそうなお花をたくさん寄付していただいたのです。

 慈雲寺はいつも、こんな風にいろいろな方に助けていただいて行事を行っています。

 さて、誕生会の法要を始めたら、参列して下さったのは大人の方ばかりでした。お子様たちのために、ディズニーの袋に入ったお菓子を用意したのに!

 でも、法要の後、皆さんで甘茶を飲みながらお話しして、とても楽しい誕生会になりました。慈雲寺でも、昔はたくさんの子供たちが集まって花まつりをしたそうです。慈雲寺での花まつりの思い出をお話しして下さる方もいて、私にとっては先代さまの活躍を想像して不思議ななつかしさを感じました。

 お釈迦様が誕生なさった時のお話しを改めて、大人の方にお話しするのも新鮮な経験になりました。

 来年は、もう少し目立つようなポスターを作って、もっとたくさんの方にお参りに来ていただけるようにしたいと思います。

4月8日は花まつりです。お子様向けのお菓子を用意しました。

 

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4月8日はお釈迦様のお誕生を祝う花まつりです。

慈雲寺でも小さな赤ちゃんのお釈迦様がおられますので、花のお堂を用意します。

甘茶をかけて、お子様方の健康と幸せをお祈りしましょう。

 8日は10時から短い法要をいたしますが、甘茶掛けは一日中、いつでもおいでください。

 お子様方にはお菓子を少し用意します。

 どなたでも、どうぞお釈迦様にご縁を結んでください。

阿弥陀経を現代語訳で読誦してみる

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 「お坊さんがお経を読むのを聴いていても眠くなるだけ」と笑いながらおっしゃる方がいました。確かに、中国語の経典を漢音や呉音の発音で読むのですから、なかなか意味をとるのは難しいでしょう。

 しかし、ほとんどのお経は、とても興味深いストーリーが語られているのです。インドらしい大胆な表現も多いし、そこに説かれている深遠な教えを受け取れなくても、物語を追うだけでも面白いものが多いのです。

 先日、般若心経の研究書を探していて、心経ばかりでなく、阿弥陀経や観音経の現代語訳を集めた本を見つけました。

 もちろん、漢文を現代語に翻訳する場合は、そこに説かれていることの「解釈」が入ってきますので、やたらな翻訳では教えを誤解する危険があります。しかし、お経に説かれているストーリーを把握するだけなら、あまり細かく気にしなくても大丈夫では?と思っています。

 先日から、朝のお勤めの時に、阿弥陀経の現代語訳を少しずつ音読しています。これがとても楽しい。阿弥陀経は極楽の様子がとても美しい表現で描かれていますから、朝から音読すると元気が出てきます。

 阿弥陀経は早い人なら7分ぐらいで読めるお経です。私は15分ぐらいかかりますけど・・・。現代語で読むと、漢音でよむのの4倍ぐらい時間がかかります。

 阿弥陀経が終わったら、観音経も同じように現代語訳で読んでいこうと思っています。

◎今日の写真はカナダのブリティッシュ・コロンビア州で見たバラです。

喪服は亡くなった方への敬意の表現

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 私はカナダの西海岸の町で40年近く過ごしました。カナダは移民の国。世界各地からさまざまな慣習が持ち込まれています。ですから、一概に「カナダでは」という言い方をするのは、一般化しすぎてしまう危険があります。でも、今日はちょっと「カナダでは」のお話しをしましょう。

 カナダで子供の躾や教育にきちんとした方針を持っている家庭では、小さな子供にも「正装用の服」を用意します。そうした服装を「サンデースーツ」と呼びます。それは、日曜に教会のミサや礼拝に着ていくための服です。男の子なら落ち着いた色のジャケットと長ズボン。ネクタイか蝶ネクタイとカッチリしたデザインの靴も揃えます。女の子はスカートとジャケット。スカートはやや長めです。靴はエナメルが多いでしょう。

 教会という、日常生活とは違う「聖なる場」に出掛けるとき特別な服装をするのは、神への敬意を表し、礼拝の雰囲気に溶け込んで居心地よく過ごせる合理的な知恵でもあります。

 日本でも、こういう「子供の正装」は大切なものだと思うのです。特に葬儀に参列する場合には・・・

 私は葬儀には子供も参列すべきだと思っています。赤ちゃんや小さな子供でも、読経の間に騒いだり、泣いたりすることは案外少ないものです。木魚の音が子供たちの心を落ち着かせるのでしょうか?

 葬儀は人間の「命」について考える、最も良い機会です。葬儀の意味について、ぜひお子さんと話してください。

 そして、葬儀に参列するときに、きちんとした服装をすることの大切さも、ぜひ日ごろから話してあげてください。

 昨年、ある葬儀に参列したとき、女子高生が制服で参列していました。学生が制服で参列するのは良いのですが、スカートの丈が太ももの半分ほどの超ミニ丈。う~~ん・・・

 また、亡くなられた方のお孫さんらしい大学生(?)の男性は黒のジャケットは来ていましたが、ネクタイは無しで、シャツのボタンを二個はずしていました。これもう~ん・・・

 喪服は亡くなられた方への敬意と哀悼の気持ちを表すものです。高級なものである必要はありませんが、清潔で「きちんとした」ものであるべきでしょう。

 ハレとケの違いについて、家族で話す機会をぜひ作って下さい。

 私は、普段のファッションは、それぞれの人の「自分の気分」「自分の好き好き」「自己表現」が優先されるべきだと思っています。「ブランドだから」とか「今、流行っているから」とか、「学生らしく」とか「シニアらしく」などという外からの規制に左右される必要はないでしょう。

 しかし、喪服は例外だと思うのです。寺院や葬儀場という特別な場で、葬送という特別な状況に参加するのですから・・・

◎今日の写真はカナダのブリティッシュコロンビア州にあるオカナガン湖です。

趣味を一緒に楽しんだ友に送られて

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 Fさんの通夜、葬儀に参列して、京都から戻ってきました。今日は空が青くて、日差しの温かな一日だったのですが、私は一日中ぼんやりと過ごしていました。

 葬儀は盛大で参列者も予想を大きく上回っていたようで、葬儀場のスタッフはかなり慌てているように見受けられました。

 落ち着いて会場のスタッフに任せることができなかったご遺族がお気の毒でなりませんでした。こんなとき、僧侶も気づかいをすべき点がいくつもあることも学びました。例えば、自分のお説教の声がきちんと届いているかどうかは、少し注意すればわかるはずですから。

 小僧の時に、Fさんからは本当にたくさんのことを教えていただきました。檀家とお寺の関係の在り方、菩提寺に対する気持ちにどうこたえるかなど、住職になった今、Fさんの言葉が少しずつ「ああ、そうだったのか」と思いあたるようになりました。Fさんから受けた教えは、これからも長く私を支えてくれることでしょう。

 今回の葬儀でも、僧侶としての在り方、法要の儀式の進め方、お説教のありかたなど、さまざまなことを学ばせていただきました。

 私は御恩返しが全くできないうちに、Fさんとお別れすることになってしまいましたが、せめて・・・という思いをこめて、読経をさせていただきました。

 今回の葬儀で強く心に残ったのは、出棺の直前に、Fさんが長く趣味にしていた詩吟のお仲間が、友人を送る詩を吟じたことでした。10人ほどの人々の声は哀愁に満ち、友を送る真摯な気持ちがこもっていました。

 誰にでも親切で正直だったFさんは、たくさんの友人、知人たちに送られて極楽へ迎え取られたのだと、哀しみの中にも心が温まる思いでした。

◎今日の写真は和歌山市にあるお寺の庭です。大きな蓮の花が描かれています。極楽に迎え取られたときは蓮の花の上に生まれるそうです。さぞや美しいことでしょうね。

恩人を見送りに京都へ

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 昨日、本山から連絡があって、私が本山で小坊主として修行していた時代の恩人が亡くなられたことを知りました。

 慈雲寺の属する浄土宗西山派西山浄土宗)の総本山は京都府長岡京市にあります。僧侶になるためには、最低一年、この本山の中にある学校で、仏教の基礎や宗門の教えについて学びます。この間、男性の修行僧のほとんどは本山に泊まり込んで修行するのですが、女性は施設の問題で泊まり込みができません。

 昔は本山の中に尼僧の専門道場があったのですが、女性僧侶が減少して閉鎖になったのだそうです。

 そこで、私は本山の直壇(本山の光明寺の檀家)の一人であるKさんの家に下宿させていただいて本山に通ったのです。もう30年近く前のことになります。

 Kさんは「尼僧さんの面倒を見させていただくのは、家の名誉だ。」と言って下さり、怠け者の私をさまざまな面で助けてくださいました。

 Kさんは5年ほど前からお体を悪くなさり、奥様が献身的に介護されていました。奥様は大変苦労なさった方ですが、いつも明るく、生きることに積極的でした。

 亡くなられたのは、この奥様のFさんなのです。K家は農家ですから、簡単に家を空けることはできません。しかし、息子さんご夫婦が農業を立派に継いでいらっしゃるので、そろそろ数日の旅行ならできそう・・・という時期に来ていました。

 「東京生まれの、庵主さんに案内してもらって、ゆっくり東京見物をしたい。」とおっしゃっていたのに・・・こんな小さな御恩返しもできなくなってしまいました。

 京都の実家を失ったような気持ちです。思い出すことがあまりにたくさんあって、昨日からぼんやりしてしまっています。

 会いたくなったら、「いつか」とか「一段落したら」などと言わずに、すぐ行動に移すべきです。電話でも手紙でもメールでも、思いを伝えることが大切です。

 人はいつか必ず別れなければなりません。そのいつかは、明日かもしれないし、五分後かもしれないのですから・・・・

 これから京都へ向かい、お通夜、本葬に参列します。

◎今日の写真は長岡京市にある乗願寺の大仏(おおぼとけ)さんです。信仰深いFさんも、きっと阿弥陀様に迎え取られて、極楽に旅立つことでしょう。

4月の行事のお知らせ

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◎㋃の慈雲寺の行事予定

 ㋃はお釈迦様の誕生を祝う降誕会をはじめ、弘法大師の御正当など、さまざまな行事があります。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

 

1) 4月8日10時より 花まつり (お釈迦様の降誕会
仏教の教えを開かれたお釈迦様のお誕生日です。慈雲寺にもお釈迦様の誕生の姿を写した仏像があるとご近所の方から聞いていましたが、どこにも見当たりませんでした。しかし、先日、須弥壇の掃除をしていたら、小さな箱の中から、お釈迦様が!ようやく花まつりを祝うことができるようになりました。
10時より短い法要と、お釈迦様のお誕生のお話しをいたします。お子様方にはお菓子を用意しますので、ぜひお子様を連れてお参りください。

2) 4月11日(火曜) 夜7時半より 「満月写経の会」
慈雲寺では、いつでも気軽に写経をしていただけるように、本堂に必要な道具をいつも用意しています。お気軽に本堂にお参り下さり、写経を体験してください。また、毎月満月の夜は「満月写経の会」を行います。『般若心経』を一緒に読誦し、毎月少しずつ心経に説かれている教えを学んでいきます。


3) 4月17日(月曜)10時より 「弘法大師御正当日」
弘法大師像のお身拭いをいたします。
慈雲寺は浄土宗西山派西山浄土宗)に属する寺院ですが、不思議なご縁で弘法大師さまもお祀りしています。旧暦の3月21日は弘法大師さまの御正当日(祥月命日)です。今年は4月17日が旧暦の3月21日になります。
この日は、お大師様のお像を須弥壇から降ろし、一年の埃を払うお身拭いをいたします。体に不調がある方は特にご縁を結んで御利益を授かってください。
お身拭いの布などはこちらでご用意しますが、特にどなたかの代参でおいでになる方は、その方が普段使っていらっしゃるハンカチなどの布を洗ってご持参なさるのをお勧めします。


4) 4月23日(日曜)10時 「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」テーマ:仏教が教える「生きがい」とは
 仏教は、先祖の御供養や葬儀・法事などだけにかかわる教えではありません。むしろ、生きている私たちが、いかに苦しみ少なく、生きがいのある穏やかな暮らしをしていくかについての教えです。
 仏教が説く「生きがい」とは何でしょうか?私たちはどこからきて、どこへ行くのでしょう。仏教は生きることを「苦」だと教えていますが、その認識を基点にしながら、どうしたら豊かで喜びの多い毎日を生きていかれるのか、御一緒に考えてみましょう。

☆行事の日だけでなく、さまざまなご相談に応じます。お気軽にお寺においでになってください。

◎今日の写真は昨日アップしたウズベキスタンの伝統的な帽子を横から見たところです。縁にもきれいなビーズの刺繍がほどこされています。