慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、4月21日(日)10時より行います。テーマは「法然上人がひらいた『浄土門』とは何か。Part 3 」です。法然上人の弟子、弁長、親鸞、証空が、師の教えをどのように受け止めていたのかをご一緒に学びましょう。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

盗んだ花瓶に生けた花は美しいですか?

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 先日、田舎道を歩いていたら、畑のあぜ道に小さな看板が立っていました。そこには「盗んだ野菜は美味いか?」とだけ書かれてありました。

 どうやら、畑から野菜を盗まれるのに業を煮やした農家の人が立てた看板だったようです。農家の方の怒りがじわじわ伝わってきますね。

 本当に、盗んだ野菜を食べて美味しいと思えるのでしょうか?

 実は一昨日、私も同じようなことを言いたくなりました。

 境内にあるトイレの掃除をして、花を替えようとしてビックリ!花瓶が消えているではありませんか。鉄製の花瓶ですから、壊れて誰がが片づけて下さったとは考えにくい。古いものですが、なかなか姿が良く、一輪挿しにぴったりの花瓶でしたから、つい持って帰りたくなった人がいるようですね。

 う~~ん・・・思わず私も「盗んだ花瓶に生けた花は美しいですか?」という看板を立てたくなりました。

 野菜なら、お腹がすいて、つい・・・という気の毒な場合もあるかもしれませんが、古い花瓶はどうでしょう?

 ひょっとしたら、私に見る目がないだけで、相当の名品だったのかも?それとも鉄屑を集めて売ろうとしてた?

 謎がいっぱいです。

◎今日の写真は、大阪市の中ノ島図書館のステンドグラスです。この図書館は、明治時代の洋館の代表作の一つ。大阪大空襲を生き延びてくれたことを喜ばずにはいられません。

12月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」では、戒名(法名)について考えてみましょう。

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 今日は11月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」の日でした。晴れてきれいな空でしたが、かなり寒い。慈雲寺の本堂にはろくな暖房設備がないのですが、それにもめげず30名ほどの方がいらして下さいました。

 さて、来月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、戒名について考えてみたいと思います。宗派によって法号とか法名とか名称はさまざまですが、一般的には葬儀のときに、僧侶から亡くなった方へ授けられるものです。

 しかし、本来は仏教徒になったときに授けていただく名前ですから、授戒会などに参加して、生きている間に受けたいものです。

 葬儀のときに、法外な「戒名料」を要求されたということも時々あります。「戒名料」の金額によって、戒名の「格」が変わるという話も良く聞きます。本当のことでしょうか?反対に「うちの納骨堂に納骨して下されば、無料で院号をつけてさしあげます。」と宣伝しているお寺もあります。いずれも、戒名の本来のあるべき姿ではありません。

 戒名に関連して、僧侶と檀信徒との間がぎくしゃくするという場合もあるかもしれません。最近では「戒名はいらない」とか、「戒名は自分でつけてよい」とか発言する宗教学者もいます。

 戒名の本来の意味、理想的な戒名の授かり方について、ご一緒に学んでみましょう。

12月23日(日曜)の10時より行います。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。

◎今日の写真は淡路島のニジゲンノモリの広場です。

 

今月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は「聖徳太子信仰」についてご一緒に学びましょう。

 

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 聖徳太子は、だれでも知っている人ですが、江戸時代から「実在しなかった」という説がしばしば主張されるほど謎の多い人物です。

 政治家、行政官としての功績ももちろんですが、「日本仏教の父」として尊敬されている面も見逃せません。さらには、救世観音の化身とか、中国の天台大師の化身とかいわれ、「聖なる人」として信仰の対象となっています。

 今月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」では、この聖徳太子信仰についてご一緒に学んでみましょう、

 ◎慈雲寺では毎月一回、身近な話題から仏教の基礎を学ぶ、「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」を行っています。「講座」という名前はついていますが、気軽なお話の会です。

今月は11月25日(日)10時より行います。

 どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

◎慈雲寺への交通アクセス

 申し訳ありませんが、慈雲寺には十分な駐車場がありません。なるべく公共交通を使っておいでくださいませ。近くの有松ジャンボリーSCに大きな駐車場があり、無料で駐車できます。そこからお寺まで、北へ徒歩5分。
 ★鉄道、バスのアクセス
 名鉄有松駅前から、「有松12番 有松町口無池行き 地蔵池経由」に乗ってください。日曜の9時台は二番乗り場から9時07分と36分に発車します。これらのバスに乗り、郷前(ごうまえ)の停留所でお降りください。そのまま道なりに進むと郷前の交差点に出ます。角に鍼灸院があり、その右手の細い坂道を上がると慈雲寺の屋根が見えてきます。
   また、時間はかかりますが、地下鉄の鳴子北駅から出ている「鳴子13番」のバスも郷前に停まります。日曜は8時45分に鳴子北駅からバスが出ます。
●栄のバスターミナルからは森の里団地行きのバスが一時間に一本出ています。この場合は、郷前の停留所から道を戻って郷前の交差点に行ってください。日曜は8時50分発があります。所要時間は約40分
●JRの大高駅から緑循環バスの名鉄有松行で郷前に行くことができます。日曜は8時44分と9時44分に出発します。9時台のバスですと10時の開始時間には少し遅れますが、あわてずにおいでください。
●また、同じ緑循環バスの名鉄有松行は南大高駅東にも停車します。9時9分発と10時9分発です。
●JRの共和駅からタクシーで5分。市バスはありません

「善」とはなんでしょう?

今日のお釈迦様のお言葉

「やったあとで後悔して泣くような行為は善ではなく、

やったあとで喜びが生じ、心が満ち足りるような行為が善なのです。」

           『ダンマパタ』より

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 仏教は「善を為し、悪を控える」ことを生活の第一の基盤としています。では、善とは何なのでしょう。お釈迦様は、その行為を行ったあとで、「喜びが生じ、心が満ち足りるような行為」が善だと教えて下さっています。

 前から何度も引用している仏教伝道協会発行の『ブッダがせんせい』という本では、上記の『ダンマパタ』の言葉を「みんながうれしくなり、よろこんでくれることをしよう」と意訳しています。

 「みんながうれしくなる」と、自分だけでなく「みんな」としているところがポイントですね。「誰かが後で泣くようなことをせず、みんなが喜ぶことをしよう」というのが、善行なのです。

 喜びは多くの人と分け合えば、さらに大きな喜びになります。自分だけがおいしい、自分だけが得して嬉しい・・・は、けして善ではないし、本当の喜びでもないのです。

◎今日の写真は淡路島の北西部の海岸です。淡路島は年間を通して温暖で、柔らかな風の吹く、美しい海が見渡せます。

今月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は11月25日に行います。どなたでもお気軽にご参加ください。

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 慈雲寺では、毎月「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」を行っています。身近な話題を取り上げて、「仏教という考え方、ものの見方」の基本をご一緒に学んでいこうとするものです。

 「講座」というタイトルはついていますが、どなたでもお気軽に参加していただける内容です。

 今月は11月25日(日)10時より行います。テーマは「聖徳太子って誰でしょう?」

 お金の代名詞にもなっているほど、聖徳太子は誰でも知っている人物ですが、実は謎に満ちています。また、親鸞聖人をはじめ、数多くの浄土系の僧侶が深く聖徳太子を信仰していたというのも興味深いですね。

 ある地方では、大工さんや左官屋さんなど、建築に携わる人の守護者としても、太子信仰が続いています。

 いったい、聖徳太子とは誰なのでしょう?ご一緒に改めて学んでみましょう。

◎慈雲寺への交通アクセス

 申し訳ありませんが、慈雲寺には十分な駐車場がありません。なるべく公共交通を使っておいでくださいませ。近くの有松ジャンボリーSCに大きな駐車場があり、無料で駐車できます。そこからお寺まで、北へ徒歩5分。
 ★鉄道、バスのアクセス
 名鉄有松駅前から、「有松12番 有松町口無池行き 地蔵池経由」に乗ってください。日曜の9時台は二番乗り場から9時07分と36分に発車します。これらのバスに乗り、郷前(ごうまえ)の停留所でお降りください。そのまま道なりに進むと郷前の交差点に出ます。角に鍼灸院があり、その右手の細い坂道を上がると慈雲寺の屋根が見えてきます。
   また、時間はかかりますが、地下鉄の鳴子北駅から出ている「鳴子13番」のバスも郷前に停まります。日曜は8時45分にバスが出ます。
●栄のバスターミナルからは森の里団地行きのバスが一時間に一本出ています。この場合は、郷前の停留所から道を戻って郷前の交差点に行ってください。日曜は8時50分発があります。所要時間は約40分
●JRの大高駅から緑循環バスの名鉄有松行で郷前に行くことができます。日曜は8時44分と9時44分に出発します。9時台のバスですと10時の開始時間には少し遅れますが、あわてずにおいでください。
●また、同じ緑循環バスの名鉄有松行は南大高駅東にも停車します。9時9分発と10時9分発です。
●JRの共和駅からタクシーで5分。市バスはありません

「「お寺をAllyのプラットフォームに」という提案に慈雲寺は全面的に賛成です。Part2

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 前回のブログで、慈雲寺は「お寺をallyのプラットフォームに」という提案にできる限り協力したいと書きました。

 では、慈雲寺では具体的に何ができるでしょうか?今すぐに始められることとして、考えられるのは、葬儀や供養のための法要です。長年のパートナーであっても、同性であるために「喪主」ができない、葬儀に参列できないという問題があると聞きました。

 私は、葬儀は血縁や法律上の家族だけのものではないと思っています。一昔前まで、葬儀はご近所の人々が総出で手伝って送り出す「コミュニティ葬」が普通だったし、社葬のように一緒に働いていた人々が送る葬儀もたくさんあったのですから、法律上の配偶者でなくても、近しい友人知人が集まって供養をするのに、何の問題もないと思います。

 慈雲寺では、そのようなご供養のお手伝いを喜んでさせていただきます。

 

「お寺をAllyのプラットフォームに」という提案に慈雲寺は全面的に賛成します。Part1

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 14日から大阪のインデックス大阪で開かれていた「セレモニージャパン」という展示会に行ってきました。

 これは、8月に東京で開かれて、私も参加した「エンディング産業展」の大阪版という感じの催し。出店している業者も東京と重なるものが多かったのですが、初めてという業者もあり、また、東京より人がぐっと少ないので、ゆっくり見ることができました。

 その上、私が今、関心を持っているテーマにピッタリなセミナーがたくさんあって、なかなか充実した二日間になりました。どのセミナーも興味深ったのですが、中でも「寺院におけるコンプライアンス」についての伊藤照男氏の講演が印象的でした。

 お寺も法人ですから、コンプライアンスについて意識するのは当然ですが、普通の企業以上に人々の期待は高く、誠実さが求められていると伊藤氏は言います。

 伊藤氏は寺院運営にかかわる色々な面でのコンプライアンスの例を挙げていましたが、その一つに「LGBTへの差別はセクハラだ」と明確に認識せよという指摘がありました。

 私は慈雲寺に赴任する前に40年近く、北米の西海岸に住んでいました。カリフォルニアからバンクーバーまで、西海岸の大都市はリベラルな雰囲気のところが多く、LGBTの人々の比較的おおらかに暮らしていけるようです。もちろん、表に出にくい差別はなくなってはいないでしょうが・・・

 同性婚を公式に認める自治体が多いですし、キリスト教の教会でも宗派によっては自然に受け入れているようでした。

 私はカナダの人に「日本ではどうなの?」と聞かれるたびに、「日本では、なんでも“他の人と違う”というのは生きにくい。その意味では、性的マイノリティーの人は、けして、何の問題もなく自分らしく生きていく・・・というのは簡単ではないと思う。しかし、キリスト教文化圏との決定的な違いは、LGBTが”神に対する罪”ではないことだと思う。」と答えていました。

 保守系キリスト教会派では、「聖書で禁じられている。LGBTは神への冒涜だ」という非難さえあります。「信仰の力で乗り越えられる!」なんて主張もまだ少なくありません。

 阿弥陀仏は、どのような人間でも「その身、そのまま」受け止めて、救って下さっています。LGBTは「乗り越えなければならない」ものでも、「矯正すべきもの」でもないのは当然のことだと思っていました。

 なので、日本の仏教寺院でLCBTの人々への差別があったり、カミングアウトがしにくい雰囲気があるなんて・・・・とても情けなく思います。

 慈雲寺は、「アライ」として何ができるのか?どうしたら、だれもが「その身、そのままで」阿弥陀仏の前で、すっかりくつろげるようになるにはどうすればよいのか?慈雲寺がその「場」になるにはどうしたら良いのか・・・・(つづく)