慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、4月21日(日)10時より行います。テーマは「法然上人がひらいた『浄土門』とは何か。Part 3 」です。法然上人の弟子、弁長、親鸞、証空が、師の教えをどのように受け止めていたのかをご一緒に学びましょう。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

2月の慈雲寺の行事

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 慈雲寺では蝋梅が咲いたのがスタートで、盆栽の白梅、水仙など、少しずつ、少しずつ春が近づいてきているのが感じられます。とはいえ、本堂はまだまだ寒い。晴れた日なら、外の方がずっと温かいほどです。

 さて、二月の行事の予定です。慈雲寺はみんなのお寺です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にお参り下さい。

 ◎2月17日10時より 「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」

 今月は「悟り」をテーマにお話します。仏教の目指す悟りとは、いったい何を悟ることなのでしょう。一口にお話できるテーマではありませんが、ご一緒に考えるきっかけとなればと思っています。仏教が何を目指している宗教なのかということにも通じると思います。

 

◎2月20日19時半より 「満月写経・写仏の会」

 慈雲寺では毎月満月の夜に、お月見を兼ねた写経・写仏の会を行っています。ご一緒に『般若心経』を読誦し、毎月少しずつその内容も学んでいきます。

 必要な用具は全て用意してありますので、お気軽にご参加下さい。

 また、慈雲寺では本堂の扉が開いている時はいつでも写経をしていただけるように用意がしてあります。これも、お気軽に本堂にお参り下さり、写経をなさって下さい。

 

◎毎週土・日曜 朝7時半より 「英会話早起き会」

 週末の朝、思い切って早起きして英会話を楽しみませんか?中学一年生で習う程度の文章を使って練習します。小学生からシニアの方まで、どなたでも歓迎しますので、お気軽においで下さい。

 

★慈雲寺でで行われる行事は特別の場合をのぞいて全て無料です。仏さまやご先祖へのご供養、お寺の維持などのために、お気持ちをご喜捨いただければありたがく存じます。

★慈雲寺では、月参りや法事など、宗派に関係なくご相談に応じます。お気軽におたずね下さい。

 

◎今日の写真は、京都の大原で見た柿木です。すっかり葉を落とした木に少し実が残っています。木のためにわざと残したのでしょうか?それとも餌が少なくなる鳥たちのためかしら?

 

 

お坊さんの会議は「友引」の日がベスト!?

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 「大安」とか「友引」といった、いわゆる暦注は鎌倉時代に中国から日本に紹介されたとされという説もありますが、一般に広まったのは明治に入ってからのことで、決して伝統的な慣習ではありません。また、その起源やその根拠ははっきりせず、宗教的な意味あいも希薄です。ましてや仏教とのつながりなどないと言い切って良いでしょう。

 しかし、友引には葬儀をしないという習慣は今でも強く残っていて、名古屋市でも友引の日は火葬場がお休みなので、葬儀も無し・・・あ、反対か。葬儀がないから火葬場もお休みというわけですね。

 僧侶が何かの会議をおこなうような時は、友引やその前日の夜に設定することが多いのです。友引には葬儀や法事がないし、友引の前の日はお通夜がないということからでしょう。

 仏教と無関係の六曜を仏教葬儀の日として気にするのは、おかしな話なのですが、「友引」という文字から受ける印象が問題なのでしょうね。亡くなった人が知人を連れて行ってしまう・・・というイメージでしょうか?キリスト教のお葬式も友引の日はなしかな?これは火葬場がお休みなので、仕方なくというところでしょうね。

 冠婚葬祭にあたって不吉なことは避けたいという人の心理は、まあ自然なことと言っても良いでしょう。しかし、友引はもともと不吉な意味などありません。六曜における友引の意味は「引き分け、勝負無し」だからです。使われている漢字も、もともとは「留引」。これなら不吉な意味はないでしょう。

 比較的新しい習慣に引かれて、大切なことを見失わないようにしたいものです。

◎今日の写真は京都博物館の明治古都館です。この建物は1895年に片山東熊によって設計されたものです。私はこんな風な和風西洋建築が大好きで、目に付くたびに喜んでいます。片山は東京の旧東宮御所(迎賓館)の設計などもしています。

 

 

諸行無常 ........暴風雨もやがて止むし、人気絶頂のタレントもやがて消えていく

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 先日、アイドルグループの「嵐」が休止を発表したとたん、NHKまでトップニュースに取り上げていたのには驚きました。ロシアとの領土交渉や韓国とのレーダーの問題など、「嵐」より重要なニュースは山ほどあったと思うのですが・・・

 仏教は全てのものは必ず移ろっていく、一瞬も止まることなく変化を続けていくと教えています。「諸行無常」という教えです。この「無常」を領解することが、仏教徒として生きる第一歩といっても良いでしょう。

 「嵐」の歌は数曲しか知りませんが、メンバーの出演しているドラマや映画は何度も見た事があります。才能に恵まれた人たちなのだと思っていました。

 しかし、メンバーがもうすぐ40代の大人(というかおじさんたち)なのだと、改めて驚きました。

 デビュー当時からの彼らの変化をすぐにインターネットで見ることができるのは、ある意味残酷なものだと思いました。

 中年のアイドル・・・などというものの存在は今までなかったことなので、その対応の仕方もそれぞれでしょう。ローリングストーンズのように、「老醜をさらす」と言われてもロックを歌い続けるのも、一つの生きかたですし、「若さ」を売りにしていく流れから出ていってしまうのも一つの生き方でしょう。

 彼らも、もうすでにいろいろな限界が来ていることに気が付いたのかもしれませんね。

 結婚も含め、これから50年近く続く人生をどう生きていくのか考え、彼らの思い通りに行動できるといいですね。

◎今日の写真はインターネットの無料画像からお借りした、嵐の直前の風景です。今の「嵐」の心の中はこんな感じでしょうか?



梅の開花は盆梅から

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 仏に花を供えるのも僧侶の大切な役目です。何かにつけて十分に役割を果たせない私ですが、花供養をさせて貰えるのは嬉しい。まぁ、もう少し頻繁に色々なお花を贖えるだけの余裕があるといいなぁ・・・とは、思ってしまうのですが。

 花の中でも、とりわけ好きなのが梅花です。今朝、玄関を開けたら冷たい風の中で、白の盆梅が一斉に咲いていました。香りもふくよか・・・慈雲寺には梅の鉢植え(盆栽と呼ぶには、あまりにも手入れが行き届いていないので・・・)が二つと、梅の木が二本あります。

 毎年、最初に鉢植えの白梅が咲き、つぎに鉢植えの枝垂れ紅梅。次は植木の白梅、そして最後に植木の紅梅が咲きます。少しずつ時期がずれるので、慈雲寺では長く梅の花を楽しむことができます。

 梅の花は、つぼみがふっくらと膨らんで、「明日は開花です!」と梅が笑って見えるような時が一番好きです。

 そして、ハラハラと小さな花びらが散るときもいいですね。

 花は、すべてのものは刻々と移ろい、変化していくという仏教の教えを私たちに教えてくれます。すべてのものは無常だと、正しく認識することが、仏教徒として生きることの基本です。

◎今日の写真は二年前に豊明の盆梅展で見た梅です。



「僧侶はすべからく貧しくあるべし」??!!

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 今日、仏教関係の雑誌のページをパラパラとめくっていたら、ある禅宗の僧侶の書いたエッセイが目に入ってきました。その僧侶は、自分の尊敬する高僧から「僧侶はすべからく貧しくあるべし」と言われて感銘を受けたと綴っています。

 は???そのエッセイを読んでいて、何だかとても違和感を感じました。「貧しくあるべし」って、いったい誰に向かって言っておられたのでしょう?

 仏教界全体を眺めれば、寺院としての活動だけで、自分と家族を養い、寺院の維持管理を行い、弟子を育てる・・・といったことができる寺院は、どれほど多く見積もっても3割程度です。

 あとの7割の寺院は"兼業”です。寺院とは別に職業を持って、家族と自分を養っているのです。慈雲寺の代々の庵主さんたちも、お茶やお花、裁縫などを教えて暮らしていました。

 私も先代様に弟子にしていただくときに、「慈雲寺には、貴女に給料を出す経済的な余裕がありません。自分で自分の食い扶持を得ることができますか?」という質問をまず最初に聞かれたほどです。

 「貧しくあるべし」などとわざわざ言われなくても、つつましく暮らしている僧侶の方が絶対的に多いはずです。

 日本の仏教界は、親鸞の時代から「家族を持つ僧侶」というユニークな状況が生まれています。そして明治以降はどの宗派でも、僧侶が結婚し、家族を持つことが"普通”になってきました。

 僧侶は、できる限り「私のもの」という執着から離れることが求められています。しかし、「私の家族」という存在は最も強く執着心を呼び起こすものでしょう。僧侶自身が清貧に暮らそうとしても、俗人である家族にそれを求めるのは難しいでしょう。

 その点、一人暮らしの尼僧は清貧な暮らしをしやすいと言えそうです。

◎今日の写真は、琵琶湖から比叡の山並を眺めたところです。

 

 

 

雪舟と狩野元信にかこまれて、至福の夕べ Part2

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(狩野元信『浄瓶踢倒図』龍安寺所蔵)

 先々週、京都の本山で開かれた教学講習会に出席した帰り、京都博物館で誰もいない展示室で雪舟と出会うという至福の時を過ごした時のことを書きました。

 実は、その同じ展示室には、狩野元信の『浄瓶踢倒図』 も展示されていたのです。この絵は龍安寺の所蔵品なのですが、京都博物館に預けられているようです。

 この絵のことは絵画史の本などで見た事はあるのですが、原物は初めて。構図も面白いし、描かれている4人の人物の表情が、いつまで眺めていても飽きないほど面白い!

 ある時、懐海禅師という長老の禅僧が、霊祐禅師という僧侶に瓶を示し「これを瓶と呼ぶべからず。では何と呼ぶか」と問いかけます。禅問答ですね。これに対し、霊祐はその瓶を蹴飛ばして歩き去ろうとしている所を描いたのが、この絵です。

 霊祐は目の吊り上がった、結構傲慢そうな顔に描かれています。問いかけた懐海は、若い生意気そうな僧侶をとっちめてやろうとしたのに、軽く躱されてビックリしているようでした。ちょっと下品な表情に描かれていて、とても高僧とは思えません。さらに情けないのは取り巻きの二人の僧侶。慌てぶりが表情にはっきり表れています。

 このお話は禅の世界ではとても有名なお話です。悟りの本質を見抜いた霊祐の秀でた態度を表しているのだそうです。

 しかし、雪舟の『慧可断碑図』を見たときにも感じた違和感。本当にそうなのかしら?別に瓶を蹴飛ばさなくても良いのでは?ニッコリ笑って瓶を受け取り、中にお酒でも入っているのなら、ぐびぐび飲み干して去っていった方がいいのじゃないですか・・・

 瓶を蹴飛ばし、穏やかならざる表情で歩き去る霊祐の姿には"怒り”が感じられます。それは解脱とは遠くかけ離れているのではないでしょうか?

 まぁ、禅の深い世界は私にはとてもうかがい知ることはできませんが、雪舟と元信を独り占めにして過ごした時間は、正に至福の時でした。

 

 

二月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、"悟り”についてご一緒に考えてみましょう。

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 仏教が目指すものとは何でしょう?

 仏教の入門書を読むと、仏教の目的とは、「苦からの解脱と悟りの智慧の獲得」と説明されていることが多いようです。

 お釈迦様は苦行を捨て、静かに瞑想の入ることによって悟りを開かれたと言われています。そして、私たちの性質や能力、環境などにあわせて、それぞれに適した「悟りへの道筋」を教えて下さったというのです。

 では、「悟り」とはいったい何を悟ることなのでしょう。

 2月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、このことをテーマにお話したいと思います。2月17日(日曜)10時より行います。「講座」という名前はついていますが、どなたでも気軽にご参加いだける会です。

 また、慈雲寺では、毎月満月の夜にお月見を兼ねた写経の会を行っています。みんなで『般若心経』を読誦した後、その内容についても毎月少しずつ学んでいきます。

 2月の満月は2月20日です。読経は7時半から行いますが、少し早くおいでになっても、遅れてもかまいません。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。

◎今日の写真はインターネットの無料画像からお借りしたものです。穏やかな表情が仏の悟りを表しているのかもしれませんね。