慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

10月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、10月29日(日曜)10時より行います。テーマは「末法の時代に生きる」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

味噌くさい味噌はNG?(ご利益について考えてみましたPart3)

 

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平賀源内の書いた『風流志道軒』という本に「味噌のみそくさきと学者の学者くさきはさんざんなり」という言葉が出てくるそうです。

 「味噌そのものではあっても、あまりに露骨に味噌そのままというのは面白みがない」ということでしょうか。「学者があまりにも学者然としているのも興ざめ」っていうのもなんとなくわかりますね。これは僧侶にも当てはまるのでは?「坊主の坊主くさきはさんざんなり」・・・・あまりにお坊さんらしさが前面に出ていて“権威”が輝いているのもねぇ・・・・だいたい僧侶は、みなさんからのお布施に頼って修行を続けさせていただいている身分。威張れるわけもないと思うけれど・・・あ、それは私のようなヘッポコ僧侶のことで、世の中の立派なお坊様は、いかにもお坊様らしい香を漂わせているものなのでしょうね。

 ご利益をいうときも、何やら権威のありそうな、カリスマ性の高い雰囲気の人が「この腕輪を買っていつも身に着けていれば、必ずお金がザクザク!」と言った方が効果的でしょうし・・・・新宗教の教祖さまの中には、最初は普通に背広姿で登場していたのに、だんだん組織が大きくなるにつれて、なんだかどこかでみた中世の王様みたいな恰好になり、ついに王冠みたいなものをかぶって登場するようになったりする人もいます。教祖の教祖くさき・・・というところでしょうか。

 しかし、本当に宗教的な権威があり、パワーもある方は、やはり「くさく」はないとおもいます。たとえば、観音菩薩の生まれ変わりと信じられているダライラマ猊下。数回お姿をおがむ機会がありましたが、権威ぶったところはひとつもなく、おだやかな笑顔を浮かべ、ユーモアのある話し方、でも教えを説くときは背筋をスッとのばして深い力のある声で静かに語ります。本物はくさくない!!

●今日の写真はスエーデンの街角で見た水筒です。