慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は7月23日の10時より行います。テーマは「お盆の意義と作法」です。どなたでもお気軽にご参加くださいませ。

いじめ・自殺の記事に思う

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今朝の中日新聞岩手県で電車に飛び込んで自殺した中学生に関する記事が出ていました。

 見出しは「なぜ生徒のSOS届かない」

     「多忙過ぎる教師ジレンマ」

 とありました。昨日から教師と生徒の間に交わされた生活ノートのやりとりが、新聞やテレビで何度も取り上げられていたのですが、そのほとんどが「教師の怠慢、能力不足」という視点だったように思います。今朝の新聞記事は、それらとは少し違い、教師の置かれている過酷な状況にも目を向けています。

 カナダでは教師は大学で6年間勉強する必要があり、給与の面でも優遇されています。教師こそ、心身ともに健康で優秀な人材を必要とする仕事でしょう。時間の面でももっと余裕を持って、生徒と向き合う時間や教師自身の勉強の時間が充分にとれることが不可欠だと思います。

 私も小学校のときに、ある一人の男子生徒から暴力的ないじめを受けていました。母が担任の教師に相談すると「お宅の娘さんが生意気だからいけない。女子なのだから、男子をたてれば問題ない。」と言われたそうです。まあ、私、そうとう理屈っぽい生意気な子だったのは確かなんですけど(笑)。その教師といじめていた男子の家は、同じ宗教団体に属していたので、そのこともあったかもしれませんね。

 それからの母親の行動は素早かった。当時の私の家はけして経済的に余裕のある家ではなかったのですが、「あなたが”生意気”と言われないような、学校に入れてあげるわ!」と低い声で一言いったと思ったら、あっと言う間に引っ越しを敢行。生意気度満載のこまっしゃくれた子供がいっぱいの学校へ転校しました。

 ま、母の取った行動が正しいものであったかどうかは別ですが、親が私の言い分をじっくり聞き、状況を観察して全面的に私に味方してくれたという事実はその後の私の人生を決定づけるほどの大切なもになりました。

 親でけではなく、祖父母、近所の人、誰でも良いので一人でも無条件に「あなたが生きていてくれることは、自分にとって大事」と思ってくれる人がいれば、子供たちの命の綱になれるのではないでしょうか?親に大事なことを言えない子供はたくさんいます。親に嫌われたくないという気持ちが強いからでしょうか・・・・

 お寺は「学校へ行きたくない日の緊急避難場所」としても役にたちたいと思っています。何も言いたくなければ、草取りかお掃除をしてください。一緒に英語の勉強をしてもいいですよ。一教科でも得意分野があれば、学校へ行くのはずいぶん楽になります。

 一日中、本を読んでいたい子供も歓迎です。

 学校は絶対行かなければならないところではないと思います。でも、勉強はしておくと楽しいことが見えてきますよ。

●今日の写真はヘルシンキの博物館で見た古代北欧のトンボ玉の腕輪です。