慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

10月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、10月29日(日曜)10時より行います。テーマは「末法の時代に生きる」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

全てのものに「完全な安全」はない

●今日のお釈迦様のお言葉

まことにこの世間は苦のなかにある。生まれ、老い、衰え、死して、また生まれ、それでもなお、この苦を出離することを知らず、この老死を出離することを知らない。

 

増谷文雄訳 『阿含経』より

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今朝の新聞の一面は川内原発の再稼働のニュースでした。原子力爆弾の被害者となり、最悪の福島原発事故で加害者となった私たち日本人は、世界に向けてなすべきことはたくさんあるはずです。福島原発の始末がほとんど見通しが立たない状況で原発依存を再開するというのは、「やむを得ない」では済まないでしょう。再開によるプラスより、マイナスの方がまだまだ大きいし、なにより、福島で今何が進行していて、これからどう対処していくのかも明らかになっていない状況で「安全」に対して不安なのは当然でしょう。

 御巣鷹山日航機墜落事件も30年前の今日でした。私ははエアバスが羽田から札幌に初めて飛んだ時、それに乗るという仕事をいただきました。目の前に現れた飛行機の巨大さに感動すると同時に、畏怖と言ってよいような不思議な恐怖感を感じました。最先端の技術を集めた航空機も「完全」はありえません。 

 もちろん、私たちが享受している「便利」や「心地良さ」は、ある程度のリスクを受け入れなければ有り得ないでしょう。そのリスクを可能な限り小さくしていくのが人類の知恵と工夫です。しかし、私たちはリスク回避をおろそかにして、リスクを先送りしてしまいがちです。原発はその代表的なものでしょう。「核ごみ」などの課題もクリアになっていないのに川内原発を再開し、福島の問題は私たちの次の世代、さらに先にまで尾を引きそうです。

 子供や孫の世代にまでリスクを負わせてまで、私たちは経済を優先し「便利」や「心地良さ」を享受すべきなのでしょうか。

 仏教では、質素でシンプルな生活こそが苦しみや悩みの少ない生き方だと教えています。

●今日の写真はカナダのトロント市の旧市庁舎です。この玄関にはたくさんの顔のレリーフが掘り込まれています。そのどれもが、いわゆる「変顔」。当時の市議会議員たちの顔がモデルだと言われていますが・・・・いったいどうして?