慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

12月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は12月17日10時より行います。テーマは「廃仏毀釈とは何だったのか」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

相羽山慈雲寺開山上人のお祥月命日

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 今日、12月1日は、相羽山慈雲寺を創建された慈空上人の御命日です。

 慈雲寺は、この慈空上人が全て用意なさって創建された、一寄進のお寺です。慈空上人(俗名相羽弌郎)は、発心される前は、尾張藩御典医として活躍され、明治になってからも皮膚病の名医として東海地方にその名を知られた方です。私塾を開いて多くの弟子を育てました。医術だけでなく、漢籍にも造詣が深く、忍術の研究までしていたという知的好奇心旺盛な方だったようです。

 相羽家はもともと真宗の檀家だったそうですが、慈空上人は法然上人の高弟證空上人の著書に触れて発心し、鳴海の誓願寺西山浄土宗)で得度し、研鑽をつまれました。そして、私財をなげうって、相羽家と地域のために慈雲寺を開かれたのです。

 今朝は、慈空上人のお墓の花を替え、上人のお像の前にお膳を供えてお経をあげさせていただきました。慈空上人のお顔は知的好奇心に満ちていて、目がキラキラと輝いて見えます。

 相羽家は今も、慈雲寺のお隣にあり、子孫の方が皮膚科医をしていらっしゃいます。御当主の相羽博士は、どことなく慈空上人のお顔に似ていらっしゃいます。

 慈雲寺には、慈空上人がこのお寺を開いた時のご苦労を綴った『慈雲寺縁起』が残されています。今日はゆっくりそれを読み返してみようと思います。

 慈空上人から数えて、私は第五世になります。何かとおぼつかないことが多く、慈空上人も極楽でハラハラしていらっしゃるかもしれませんね。

◎慈雲寺の門の写真です。この門はもともと相羽家の門だだったもので、典型的な江戸期の武家屋敷の門です。毎日、この門を開け閉めするたびに、私は江戸時代にちょっとタイムスリップするような気がします。