慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

10月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、10月29日(日曜)10時より行います。テーマは「末法の時代に生きる」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

阪神大地震の犠牲者を悼んで

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 昨日(1月17日)は、6434人の方が亡くなられた阪神淡路大震災から21年目の日でした。昨年の17日、私はある講演会に出席するために神戸にいました。海岸から神戸の街を振り返って、まるで一見何事もなかったように見える姿に、何とも言えない気持ちになりました。

 あの地震の起きた日、私はたまたま日本に仕事で滞在しており、翌週にカナダへ戻ることになっていました。当時私は、カナダの森林産業関連業界の団体から通訳や翻訳のお仕事をいただいていたので、「地震の影響がカナダ式のツー・バイ・フォー建築にどのような影響を与えたのか、資料を集めて戻ってきて欲しい」と依頼を受けました。新聞や週刊誌、出たばかりの特集号などを買い集めながら、胸がつぶれそうになったのを思い出しました。

 直接、家族や友人を地震で失った方はもちろんのことですが、この災害によって、さまざまな影響がひろがったことは、なかなか報道からは読み取れませんでした。実は、私の親戚も芦屋で被災しました。家族には誰も怪我もなく、住居にも大きな被害はでなかったのですが、震災時やその後に起きた細かな気持ちの行き違いから、やがて家族の離別につながってしまいました。

 街の外観は「何事もなかったように」回復しても、人々の心の安らぎはどれだけ「復興」しているのでしょう?あのとき、宗教者としてどれだけ人々の心のケアに私たち僧侶は努力したのでしょうか?自分はなすべきことを本当にしたのか・・・と自問しています。

 東海大地震の可能性がささやかれている地域に赴任した私は、犠牲者の皆さまの菩提を祈らせていただくだけでなく、いざというときに、できる限り適切な行動がとれるよう、学び、準備をすべきだと、改めて考えさせられました。

◎今日の写真は、アムステルダムの街角で見たアールデコ風の彫刻です。