慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は7月23日の10時より行います。テーマは「お盆の意義と作法」です。どなたでもお気軽にご参加くださいませ。

人間だれでも最後は「孤独死」 Part 2

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  人間は誰でも独りで生まれ、やがて独りで死んでいくものです。だれも一緒には死ねません。例え家族に見守られても、独居でも旅立ちは独りです。しかし、それだからこそ、人々との「縁」によって作られてきたものを大切にすることが、穏やかな暮らしの基本です。

 独り暮らしはけして「不幸」なことではありません。独りで暮らしていても、人とのつながりを育むことはできるし、阿弥陀様は必ずそばにいてくれるからです。

 先日、ある方の法事があって、お食事の時に80代初めぐらいの女性と向いあう形になりました。そのお隣には、その女性(Aさんとしましょうか)の娘さんが座っていらっしゃいました。

 いろいろお話ししていくうちに、Aさんが独り暮らしであることがわかりました。しかし、とても楽しそうに日常生活のことを話されるのです。特にいろいろ工夫して料理をするのが楽しいそうです。

 実はAさんは本当の「箱入り娘」さんだったようで、結婚してからも料理が趣味の夫が食事を作り、家事の大半はお手伝いさんまかせ・・・・夫に先立たれたときは、食事もろくにできないほど落胆して、ほとんど鬱病状態だったそうです。

 その状態から抜け出すきっかけになったのが、デイサービスの料理教室。デイサービスに出かけて、たくさんの方に会い、独り暮らしに合った料理を習う。そして自宅に帰っていろいろ工夫してみる。Aさんの暮らしはだんだん変化していったそうです。

 「毎日ね、何を作ろうかと思うと楽しいの。買い物も楽しみ」とAさんはニコニコ。「そとに出れば、いろいろな方に会える。今日も庵主様に会えてとても嬉しい」と、言いながら可愛らしい笑顔を見せてくれました。

 娘さんも、「サポートはするが、独り暮らしを楽しんでほしい」という姿勢。母親の尊厳に満ちた、新しい暮らしを喜んでいるようです。

 もちろんAさんが病気になったり、体が不自由になったら、今の状態を維持していくのは難しくなるかもしれませんし、ふとさみしくなることもあるでしょう。しかし、独り暮らしの良さを見つけ、育み、楽しんでいるAさんは、大切なものを見つけたのだと思います。

 信仰に生きることは、苦しい「孤独」ではなく、阿弥陀仏というとても優しい仏さまと共に歩くことです。どうしても、さみしいときは、お寺に来てくださいね。阿弥陀様のやさしい笑顔に会えますよ。

◎今日の写真は香港のお寺で出会った羅漢さまたちです。なんだか楽しそうに何を話しているのでしょうか?