慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、4月21日(日)10時より行います。テーマは「法然上人がひらいた『浄土門』とは何か。Part 3 」です。法然上人の弟子、弁長、親鸞、証空が、師の教えをどのように受け止めていたのかをご一緒に学びましょう。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

お布施は全てご本尊とお寺への供養です。Part1

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 2月13日の中日新聞に「献上金 高僧の懐に」と題された特集記事が出ていました。曹洞宗では一般の僧侶らが大本山の高僧に面会する際は、高額の「お気持ち」(献上金)を持参する習慣があるそうです。その「お気持ち」を受け取った高僧たちが、その献上金を個人的に使うなどしたため、税務署から源泉徴収の徴収漏れとして追徴金を徴収されたという記事です。

 高僧にお目にかかるのに、手ぶらというわけにはいかないという一般僧侶の気持ちもわかります。しかし、税務署の言い分としては、献上金はいったん総持寺の会計に入れ、給与として受け取るべきだったというのです。

 国税庁の見解は「宗教活動に伴う収入は、すべて宗教法人の収入」としています。私は、この説明はとても明快で納得のいくものだと思っています。

 読経したり、お説教をしたりする僧侶としての活動は、すべて僧侶の修行のひとつであり、僧侶から人々への「法施」という布施だからです。ですから、もともと金銭や物品などによる対価など発生しない。料金ではないし、仕事でもないのです。仕事なら対価が必ず発生するものですから。ですから、戒名料とか読経料とかは本来存在しないと私は考えます。

 皆さんからのお布施はご本尊への供養であり、お寺を維持するためのサポートですから、当然、全てお寺の会計に入れるべきです。

 一方、僧侶の宗教活動には対価は発生しませんが、住職は「仕事」もします。お寺を維持するための事務手続きから庭木の剪定の手配、財務管理など、さまざまな「仕事」を担うからです。仕事ですから、対価が発生します。住職はお寺の会計から給料をいただき、当然それに伴って所得税を払います。

 ですから、宗教法人は税金の対象にならなくても、そこから給与を貰えば、所得税は当然発生するのです。

 慈雲寺に赴任してビックリしたのは、「お坊さんは税金を払っていない」と思っている人がいたことです。坊主丸儲けは本来ありえない!

 そして、ここは強調したいところですが、全国のお寺の70%は、住職に家族を養う十分な給与を払うほど、お寺に布施収入がないのです。多くの住職は教師をしたり、役所に勤めたりの「兼業住職」です。私もライターや通訳の仕事を続けています。(つづく)

◎今日の写真はオランダのアムステルダムでみたキャンドルホルダーです。いっせいに灯りをともしたら、きっと夢の中の町が浮かびあがるでしょうね。