慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は7月23日の10時より行います。テーマは「お盆の意義と作法」です。どなたでもお気軽にご参加くださいませ。

「孫の手」は一人暮らしの友?!

 

f:id:jiunji:20160411082134j:plain

 慈雲寺から自転車で10分ほどのところに、全国でも屈指の檀家数を持つお寺があります。慈雲寺ともご縁が深いことを知り、一度ご挨拶に伺いたいと思っていたところでした。でも、大変お忙しい方と聞いていたので、タイミングがわからずオロオロ・・・いや、私、こういうの多すぎるなぁ。タイミングがぁ・・・と言っている間に機会を逃すというパターン。

 でも、ようやく昨日お目にかかることができました。境内は禅宗のお寺らしく、塵一つなく整えられています。ご住職さまも、さすがに永平寺で修行なさった方という雰囲気。背筋がスッと伸びていらっしゃいます。どうふるまったら良いかオタオタしている私にさりげなく気を使ってくださいました。

 帰るときに、「うちのお寺で皆さまに差し上げているものです。」と言ってお土産をいただきました。何やら細長い包です。お線香かな?と思いましたが、その場で開けるわけにもいかない・・・・う~ん、でも開ければ、おもしろいお話しが聞けたのにと、後悔するような興味深いものが入っていました。

 なんと、「孫の手」です。そう、背中がかゆくなっても、誰にも頼めない人の友!この形が今まで見たこともないものでした。鶴の姿なんです。足の部分と嘴の部分を使って掻くのですが、足先は丸くて、やや当たりがソフト過ぎる・・・いや、あまりゴシゴシ掻いて肌を傷つけないようにという配慮でしょう。嘴のとがった部分は、まさに痒い所にピンポイントで手が届く、すばらしいデザインです。

 しかも、この鶴孫の手、お数珠などにも使われている高級木材の紫鉄刀木で作られているのです。これは、仏教国ミャンマーで経済的自立支援をしている草の根人道支援NGOの人たちの指導で作られたものだそうです。

 ご住職さまが、この孫の手を配布品に選ばれた経緯をぜひ知りたいと思いました。鉄刀木は手になじむと美しい色に変化していくとか・・・パソコンを置いた机のそばにおいて愛用したいと思います。

 人間は一人で生まれて、一人で死んでいくというのが仏教の教えです。ですから独りで暮らすことは、けして不自然ではないし、阿弥陀様がいつも一緒にいてくれるので寂しくもありません。しかし、ときどき不便・・・・ビンの蓋が固くて開けにくいときや、天井の電気が切れてしまったときなどなど・・・そして、一番情けないのが、背中が痒くなったときです。慈雲寺には先代様愛用の孫の手があちこちに残されていましたが、「今、使いたい!」というときに限って見つからない。鶴の孫の手の定位置を早く決めなければ・・・

◎今日の写真はコロンビアの修道院で見た・・・なんでしょうね?鳥の巣箱?でも銀製のようだし・・・使用目的を御存じの方があったら、ぜひ教えてくださいませ。