慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

3月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は3月17日(日)10時より、お彼岸の法要も兼ねて行います。テーマは「法然上人が開いた『浄土門』とは何だったのか?その2」です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

尼僧という生き方を選ぶ Part1

 

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このブログを書き始めてから一年が過ぎました。ブログを開設したきっかけは慈雲寺での行事のお知らせなどのためでした。それから、お寺での日々の暮らしの中で、お釈迦さまの教えや阿弥陀様のお慈悲を感じたときのことを書いてみたいと思うようになりました。

 このブログには、記述者だけが見ることができる機能があります。その一つが「アクセス解析」というもの。このブログを何人の方が見にきてくださったかが数字で出てきます。少しずつ、少しずつ数が増えていくのはなんだか恥ずかしいような嬉しいような・・・

 この解析機能の中に、どの記事が多く読まれているかというのも出てきます。ネットで検索して、このブログにたどり着いた方がたくさんいるのですね。では、どの記事が検索されているかというのが、なかなか興味深いところです。例えば、去年、善光寺にお参りしたときに、お数珠頂戴の体験をしたことや、戒壇めぐりをしたときの感想などを書いた記事を見にきてくださる方がたくさんいます。戒壇巡りに興味を持っている方が多くても、それをネット上で取り上げた記事はそれほど多くないということでしょう。

 もう一つ興味深いのは、「尼僧」とか「尼僧寺院」、「尼僧 出家」で検索して、慈雲寺のブログにきてくださる方が毎日いるということです。前にも何回か書きましたが、尾張三河地方には、一族から僧侶を出すことが「家の格」を示すという伝統があり、特に利発な娘を尼僧にすることがよくありました。お嫁に出すのと同じぐらい、しっかり持参金を持たせて尼僧寺院に入れるのです。これはヨーロッパの貴族でも同じで、一族の中の最も利発な子供を修道院に入れて聖職者とする伝統がありました。

 この伝統のおかげで、尾張三河地方にはたくさんの尼僧寺院がありました。尼僧たちは信仰に生きる暮らしの中で、お茶やお花、裁縫などを教えて自立し、地域の家族、特に女性たちの心の支えになってきたのです。

 しかし、今、尼僧寺院は次々と消えていくか、男性の僧侶の寺に変わっています。女性が信仰に生きようとしても、なかなかきっかけがつかめないのが現状です。私は僧侶としては残念ながら資質に恵まれているとはいえませんが、数多くのご縁に恵まれて慈雲寺に来ることができました。

 女性のライフスタイルの一つとして「尼僧として生きる」という選択肢があっても良いと私は信じています。このブログは時々、出家を考えている女性たちへの情報を提供していきたいと思っています。

 もし、私にお手伝いできることがあったら、ぜひ慈雲寺にご連絡ください。

◎今日の写真は京都西山にある乗願寺のお留守番をしている猫たちです。