慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

9月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は9月24日日曜10時より行います。テーマは「彼岸へ至る道の歩み方」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

差別を広げる社会が元凶では?

 

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津久井やまゆり園の犠牲者の方々の冥福を祈って一日を暮らしました。犯人の発言や逮捕移送時の表情などが繰り返しセンセーショナルに伝えられるばかりなので、本当に何が起こったのか、落ち着いて考えられる状況ではまだありません。

 私は2010年にバンクーバーで行われたパラリンピックの冬季大会から、通訳や旅行のお世話などでパラリンピック関係の方々のお手伝いをするようになりました。私の経験はほんの些細なものですが、学ぶことも多く、自分の無知や無神経さを恥ずかしく思うことも少なくありませんでした。

 とりわけ、障碍者の方々が日常生活で出会う、さまざまな問題や困難にもほんの少しですが触れることができました。特にカナダと日本の違いなどに驚くことが多かったのです。

 たとえば、カナダで電車やバスに車いすで乗り込む人がいた場合、他の乗客は積極的に手助けする人が必ずいます。また、直接手助けしないまでも、その人が乗り込むまで、のんびりと待っています。

 しかし、日本ではしばしば、露骨に「時間がかかる」、「余分なスペースを取る」などと非難がましい顔をする人を見かけます。ときには声に出して「障碍者は家から出てくるな」などと言う人もいて、本当に怒りで震えてしまいました。その時は、さすがにその発言をした人の同僚らしい人が諌めていましたけれど・・・・

 経済的格差が広がり、「勝ち組・負け組」というような表現が当然と受け取られるような社会では、差別の問題は今回のような暴力を生んで行く土壌になるのではないでしょうか?他人を貶めることで、自分が高まったように思う哀しい「プライド」に支えられた人生は本当に惨めなものです。

 今回の犯人も障碍者を差別し、「社会に不要なもの」として扱うことで、自分が「社会の主流」の一員であると思いたかったのでしょうか?犯人が自分の殺害行動を「安倍首相に伝えてくれ」と書いていたのは重要なポイントだと思います。

 弱者を切り捨て、経済的勝者のみを優遇していく社会は、殺伐として誰も幸せにはなれないでしょう。仏教では、自らを不幸にするのは、自らの欲深さだと教えてい

◎今日の写真はカナダのビクトリア沖で見たシャチの群れです。