今、このブログを書き込んでいる机の周辺を二日前から蚊が飛んでいます。僧侶は生きものを殺すことはできないので、懸命に追い払うのですが、プ~~ンと独特の音をたてて何度もやってきます。今夜はとうとう刺されてしまいました。
血を吸う蚊は妊娠しているメスだけとか・・・蚊の方も寒くなる前に子孫を残そうと必死なのでしょう。刺されても痒くならなければ、少々の血ぐらい喜んで差し上げるのですが・・・私は痒みに弱い・・・すぐ搔き壊してしまうので、私の手足は本当に醜い状況です。
今年の夏はとても暑かったので・・・というか、名古屋に来て三回目の夏ですが、最初の二年は無我夢中で気候のことなどにかまっている余裕がなかったので、暑さの記憶が飛んでいるだけかも?・・・なんだか、いつまでも夏が終わっていない気がしてなりません。
もちろん朝晩はとても寒くなってはいるのですが、暖房器具を倉庫から出すのに違和感があるのです。なんだか、あの強烈な夏が挨拶も無しに去っていくわけがない・・という気持ちでしょうか?
でも、変な未練など関係なく、時は移ろって行くのです。
仏教では、すべてのものや現象は「空」だと教えています。仏教の「空」とは、何もないことではなく、「実体」がないということです。このお話しは今月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」でお話ししようと思っています。
「夏」というものにも実体があるわけではなく、いつから始まり、いつ終わるわけでもない。夏が終わったということを自分で決めているだけです。蚊が飛んでいる間は夏が続いている・・・と言い張ることはできるかもしれませんが、それはむなしいことです。
では夏はどこにあるのでしょう?いったいいつ消えてしまったのでしょう?
もう11月だから、当然夏は終わっている・・・月という基準を出せば、それは正しいとらえ方ですが、夏の虫の代表である蚊を基準にして、「蚊がまだ生きている間は冬じゃない!」ということもできるわけです。すべては物差ししだいで変化するのですから、「夏」というものに実体があるわけではないのです。
◎今日の写真は古今和歌集に描かれた宮廷の美女たちの後ろ姿です。