慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

12月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は12月17日10時より行います。テーマは「廃仏毀釈とは何だったのか」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

枕経のときこそ、逝く人にも残された人にとっても仏の光が届く(枕経についてPart 3)

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 生前に葬儀の手配をしておきたい・・・という方が増えているようです。自分らしい葬儀をしたいという方もいらっしゃるでしょうし、「生前に予約した方が割安です」という葬儀場の広告に興味をもってという方など、理由はいろいろかと思います。しかし、葬儀は残された家族や縁者が「亡くなった方を見送り、回向する」という意味合いが大きいのですから、残された人たちの「都合や好み」というのも無視はできないでしょう。僧侶も交えて、気軽にそういうお話しができる人は幸せだと思います。

 さて、事前に葬儀の手配を考えていらっしゃるなら、どうしても聞いておくべきなのは、御遺骸の保管についてです。病院から自宅、もしくは葬儀場へご遺体が運ばれた場合、すぐに枕経、お通夜、葬儀と続けることができればよいですが、遠くに住む家族や縁者のために数日お通夜や葬儀を待たなければならないことも少なくありません。

 そんなとき、御遺骸がどのように保管され、その間、家族や縁者にはどのような場所が提供されるのかをぜひ確認してください。

 枕経のために御遺骸の周辺にきちんと用意がされている場所が用意されているのがベストです。お通夜まで日にちがあっても、家族や縁者のだれかがいつでも付き添っていられる場所があることが大切なのです。

 保管庫に入れられて、お通夜までだれも近づけないなどというひどい扱いの葬儀場もあるとききました。

 前回も書きましたが、枕経は「良い葬儀」のカギになる大事が宗教的慣習です。仏教では、心臓や脳の機能が止まった時が「死」とはとらえていません。死はもっとゆっくり来るものと考えます。むしろ肉体の制限から解き放たれた直後は、仏の教えの光がダイレクトに届くチャンスなのです。また、残された家族や縁者にとっても、「別れの哀しみ」の時こそ、人が生きることの真実の姿と向き合う場ですから、これも仏様の光を受け取る稀有の機会になるのです。

 だからこそ、枕経をあげていただく僧侶との関係は大事です。尊敬できて、心をひらける僧侶と日ごろご縁を結んでおくことこそ、本当の「生前の準備」だと思います。

◎今日の写真は慈雲寺の属する浄土宗西山派西山浄土宗)の総本山光明寺の秋景色です。