慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、4月21日(日)10時より行います。テーマは「法然上人がひらいた『浄土門』とは何か。Part 3 」です。法然上人の弟子、弁長、親鸞、証空が、師の教えをどのように受け止めていたのかをご一緒に学びましょう。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

オウム真理教事件の全裁判終結のニュースに思う

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 昨日(1月20日)の新聞に、「オウム事件全裁判終結」という記事が出ていました。オウム真理教の事件は、宗教者として決して見逃せない、忘れてはならない事件です。

 「気が狂った人々が宗教に名を借りて、とんでもないことをした事件」という切り捨て方をする人も多いようですが、私は切り捨てや「例外」扱いで済ましてしまってはいけないと思います。何より、「なぜあれほど多くの人々が麻原に従ったのか?」ということについて深く考察する必要があるでしょう。中日新聞の記事によれば、オウム真理教の後継団体は今も活動を続けており、麻原を神格化する動きはより活発化しているそうです。

 なぜ若者がオウム真理教の教えに魅かれたのでしょうか?若者の抱える不安や孤独に既成の宗教が対応できていないからでしょうか?経済問題や病気直しなどで多くの信者を得た新宗教も、巨大化し、「家の宗教化」することで、同じように「現実の悩み、苦しみ」に対応できなくなっているのだと思います。

 そんな時こそ、目先の現世利益ではなく、人間の生きる意味や苦しみの本質的な問題に取り組んできた仏教が力を発揮するはずです。

 オウム真理教事件の影響は「宗教は怖い」「宗教という名の洗脳は怖い」といった、極めて深刻な問題として今に続いています。悩みを抱えながら苦しんでいる若者が僧侶と縁を結び伝統的な仏教に教えを求めるのではなく、ヨガや瞑想といった口当たりの良い言葉に魅かれていくのを僧侶として見過ごしにしてはならないでしょう。

 若者だけではなく、リタイア後も長く続く人生の意味や孤独の問題を抱えるシニアの人々の問題も見過ごせません。

 慈雲寺は小さなお寺ですし、僧侶として情けない資質しか持たない私が住職という心もとない状況ではありますが、じっくり、ゆっくりお釈迦様の教え、阿弥陀仏のお慈悲について、皆さまにお伝えするのが私の役割だと思っています。

 どうか、何か苦しみを抱えていらっしゃるなら、まずは近くのお寺まで散歩に行ってみませんか?静かに仏様に向かって手を合わせることから始めてみることをお勧めしたいと思います。

 慈雲寺の本堂は早朝から日没までいつでも扉を開けています。ご自由に本堂にあがり、阿弥陀様と出会ってください。お茶も用意していますので、ゆっくりくつろいでください。

◎今日の写真は、カナダの西海岸でよく見かけるサーモンベリーの花です。