慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

12月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は12月23日(日)10時より行います。テーマは「戒名」です。戒名の本来の意味、理想的な授かり方をご一緒に学んでみましょう。

慈雲寺の宗派について Part2

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 前回に続いて、慈雲寺が属する宗派についてお話しします。

慈雲寺は浄土宗西山派に属しています。この宗派は法然源空上人(法然上人)を宗祖とし、その高弟であった善慧房証空(ぜんねぼうしょうくう)上人を流祖として今に続いています。西山派は明治期に三つに別れ、慈雲寺はその一つである西山浄土宗(せいざんじょうどしゅう)に属しています。

 この宗派が「西山派」と呼ばれるのは、法然上人が亡くなられた後、証空上人は京都の西山にある三鈷寺を拠点として布教活動を展開したので、西山の上人とか西山上人(せいざんしょうにん)と呼ばれることが多かったためです。

 法然上人の教えは、証空上人や浄土真宗親鸞聖人、浄土宗鎮西派の弁長上人を始めとする弟子たちに受け継がれましたが、それぞれの解釈には特徴があります。

 一番典型的な違いは、「往生の正因」の解釈です。正因とは、極楽往生と決定するのは何か?ということです。親鸞聖人は阿弥陀様からいただいた信心が正因と教えています。また弁長上人は阿弥陀仏が私たちのために用意して下さった行であるお念仏が正因と教えています。

 しかし、証空上人は、往生の正因は、全ての衆生を一切の条件をつけずに救い取るとお誓いになった、阿弥陀仏の本願であると教えています。

 私たちは、阿弥陀仏がなぜ、どうのようにして阿弥陀仏となられたのかということを聞かせていただくだけで良いのです。阿弥陀仏に願われている身の上だと知ったとき、「ああ、そうだったのか!」と嬉しさのあまり口からこぼれ落ちるのが、南無阿弥陀仏のお念仏なのです。

 証空上人は全分他力、すなわち100%他力の教えです。いったん、阿弥陀仏のいわれを聞かせてもらったら、あとは何も必要ではありません。「極楽なんてあるのか?」とか「本当に阿弥陀仏はおられるのか?」などという疑問がおきてさえも、けして阿弥陀仏は私たちを見放したりしません。

 証空上人は「疑いの心が起きるのは凡夫の本性だ」とおっしゃっています。信心が揺らいだ時こそ、阿弥陀様の御慈悲が胸にせまってくるのです。

 阿弥陀仏に願われている身の上を喜ぶ暮らしが始まれば、「善いことをする、悪いことを避ける、他人のためになることをできるだけさせてもらう」という、仏教徒本来の穏やかな人生を歩むことができるようになるでしょう。そうなれば、日常生活の全てがお念仏になっていくと証空上人は教えてくださっています。

 さて、次回は、証空上人の生い立ちや人となりなどについて、少しお話ししましょう。

◎今日の写真も、カナダのナイアガラの滝の近くにある、ナイアガラ・オン・ザ・レイクで見た住宅です。