先日、曹洞宗の本山である総持寺で数日を過ごすという、素晴らしい体験をさせていただきました。総持寺の僧侶の方々とお話する機会もあったのですが、「御存じかとは思いますが、道元さまと、うちの宗派の流祖証空さまは、兄弟なんですよぉ。」と聞いてみても、誰一人、道元さまの兄弟のことはご存知ありませんでした。証空さま、そんなに無名???まあ、うちは弱小宗派ですからねぇ。けっこうトホホ・・・
まあ、僧侶はその出自がどうとか、兄弟がどうとかいうことはあまり関係がないので、高名な僧侶でも家族関係があいまいな方はすくなくありません。だから、兄弟といっても知らなくても別に問題はないのですが、この二人の信仰、思想の違いがあまりに鮮やかなので、私はとても興味があるのです。
これから数回にわたって、この兄弟について書いていきたいと思います。
◎法然と証空(証空のショウは旧字を使うのが望ましい)
日本にお念以下証空)仏の信仰を確立したのは、法然房源空上人(法然上人:以下法然)です。善慧坊証空上人(は、法然のもとで出家し、法然が遷化するまで23年間にわたって師僧の直近に使えた高弟です。
法然には優れた弟子がたくさんいましたが、現在まで続いているのは、三つの流れだけです。一つは弁長上人(以下弁長)から始まっている浄土宗鎮西派(現在の浄土宗)、親鸞聖人(以下親鸞)から始まっている浄土真宗。そして証空から始まっている浄土宗西山派(現在の浄土宗西山三派。慈雲寺はこのうちの一つ西山浄土宗に属しています。)
弁長も親鸞も、もちろん非常に優れたお弟子でしたが、もともと比叡山で修行した方々で、法然の教えを直接受けた期間は10年に満たないものでした。証空は最初から法然もとで出家し、法然の最も円熟した思想を直接教えられたという、とても恵まれた方だったと言って良いでしょう。
証空は理論的に思考を組み立てるのが得意だったようで、仏典による典故に細かくこだわった人です。そのうえで、徹底的な他力思想にたどりついたところが、とても興味深く私には思えます。(つづく)
◎今日の写真は、大阪府立陶磁器博物館で見た双子の壺です。一見そっくりでも、実は全く違うというのが、証空と道元の兄弟のようです。