このブログを読んで下さって、時々するどいコメントを残して下さる「ももはな」さんが、
”そうそう!
住職って、動物と人間が一緒に埋葬される事をどう思いますか?”
というコメントを残して下さいました。
先日、大阪のあるお寺を訪ねたところ、墓地にペットと飼い主が合祀されているお墓がいくつも並んでいるのに気が付きました。墓石の前に、可愛らしい猫や犬の石像が置かれているデザインです。ペットを亡くして悲しんでいる人には、「欲しくなるお墓」だと思いました。しかし、動物と一緒に埋葬しても良いのかなぁ・・・以来、とても気になっていたところに、ももはなさんの質問でした。
私が慈雲寺に赴任してから、数件、「ペットの供養をして下さい。」と頼まれたことがあります。長年、家族の一員のように可愛いがっていたペットですから、供養して欲しいという気持ちは私にもよくわかりますので、喜んでお引き受けさせていただきました。
しかし、極楽で再会するときには、「ペットと飼い主」として出会えるわけではないことをきちんとお話させていただきます。阿弥陀仏は全ての生きとし生けるものを極楽へ迎え取ると誓って、その誓いを成就されています。
しかし、仏の教えを聞くことができるのは人間と天人だけです。ペットは輪廻をしていかなければなりません。ペットに廻向をすることによって、そのペットが早く人間に生れ、仏の教えに縁を結ぶことを願ってあげることはできますが、「ペットと飼い主」という縁は、ここで終わるということをお話します。
このお話をしたうえで、ご供養をさせていただいています。
さて、ももはなさんのご質問ですが、「ペットと一緒にお墓に入りたい」という気持ちはわかります。お墓を「終の棲家」と考えると「ペットにも一緒にいて欲しい」という気持ちになるのでしょう。しかし、ペットを「私のペット」という思いで、「畜生道」にとどめておくのではなく、仏様との縁が早く結ばれるように願ってあげる方が良いのではないでしょうか?
このようなお話をさせていただいた上で、ペットの遺骨をどこかに処分するのではなく、お墓に入れたい・・・という申し出があれば、私は反対はしません。
しかし、大阪のお寺で見たような、ペットを悼む飼い主の気持ちに”付け込む”ような最近の「ペットと飼い主合祀墓」には、商売の匂いを感じて嫌な気持ちになります。
ももはなさんの質問に、ストレートなお答はまだできません。でも、「ペットと飼い主」という関係に執着するのは、結局そのペットの極楽往生を阻害していると思うので、理論的には反対かなぁ・・・。
◎今日の写真は奈良の薬師寺で見た蓮の花です。やがて全ての衆生が極楽の蓮のうてなに乗せていただくことになると、お釈迦様はお説きになっています。