慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、4月21日(日)10時より行います。テーマは「法然上人がひらいた『浄土門』とは何か。Part 3 」です。法然上人の弟子、弁長、親鸞、証空が、師の教えをどのように受け止めていたのかをご一緒に学びましょう。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

桶狭間の長老、慈雲寺の恩人を見送る

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 先日、慈雲寺の近隣の最長老のKさんが、102歳で亡くなられました。Kさんは、公務員のお仕事をリタイヤなさってから、本格的に地域の歴史の研究を始め、桶狭間の戦いの歴史について極めて精緻な調査をなさった方です。

 地域住民の誰からも慕われ、数年前の白寿の祝いの時には公民館がいっぱいになるほどの人が集まりました。さまざまな意味で「理想のシニア」の生活を全うなさった方と言って良いでしょう。

 Kさんは、私にとっても特別な方でした。桶狭間では、毎年、今川義元が戦死した日に、今川方、織田方両軍の戦没者のために慰霊祭を行います。私も地域の寺の住職として、その慰霊祭に呼んでいただきました。

 その記念講演をKさんがなさったのですが、質問の時間の時に、私が無遠慮に質問をしてしまいました。当時(今もですが)、私は戦国時代の歴史に全く無知。私の質問は、かなり的外れだったかもしれません。しかし、ちょっと新鮮なアングルの質問だったのかも??

 Kさんは、物怖じせずに質問した私のことを面白がってくださったようで、「あの質問した人や、慈雲寺の新しい庵主さんだろ?なかなか良さそうな人だね。」と言って下さったそうです。

 この評価のおかげで、私は桶狭間のコミュニティに受け入れていただくのが、ずっと楽になったと考えています。あの時、Kさんがネガティブな評価をしていたら、私はかなり苦労したのではないでしょうか。Kさんは、まさに私の地域最初の恩人です。

 Kさんは慈雲寺の歴史についても研究して下さっていました。「女性の住職のところにあしげく通うのも・・・と思って遠慮していた。もっと研究したかった」とお話されたこともあります。

 なんだかKさんは永遠にお元気のような気がしていたので、慈雲寺の資料を見ていただく機会をとうとう逃してしまったのが、とても悔やまれます。

 70歳を過ぎてから始めたことでも、人々に深い影響を残すようなことができるのだと思うと、私もまだまだ「年寄だから」を言い訳にはできないなと思っています。