慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

3月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は3月17日(日)10時より、お彼岸の法要も兼ねて行います。テーマは「法然上人が開いた『浄土門』とは何だったのか?その2」です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

会ったこともない祖先の法事は無駄!???? Part2 (11月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」のおしらせ)

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 今月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、11月29日(日)10時より行います。

 テーマは「供養は何のために行うのでしょう?」です。

 このテーマを選んだのは、先月からあちこちで「先祖供養」とか「法事の必要性」などに関する記事を見かけるようになったことがきっかけです。

 先日は、インターネットの投稿を見ていて、偶然下にコピーしたものを見かけました。

◎去年だったか、会ったこともない義祖父の33回忌に来いって言われたわ
自分の祖父の33回忌だって行かなかった(新幹線含め4時間、幼児二人持ち)のに、高速使って2時間とはいえ行きたくなかった
夫は子供に仏教云々~経験させておきたい云々~いったけど、そもそも記憶が曖昧な頃だし、子供にとっての祖父母じゃなきゃ印象にも残らないと思う
下の子が高熱出したから上の子と夫だけ行ったけど、朝早く移動したせいで法事中子供はずっと寝てたらしい 

33回忌ってすごい
よっぽど立派なお家なのね!
うち三回忌以降記憶ないわ。

246: 可愛い奥様 2019/10/09(水) 17:13:56.17 id:bw9vKWO50.net
>>245
全然立派じゃないよ、実家も義実家も特別な家柄でもなんでもなくて、ただ地元の寺から連絡があるだけ
実家は50回忌とかはやらなかったけど義実家はやるんだろうな、きっと

247: 可愛い奥様 2019/10/09(水) 19:20:16.06 id:eecXxFTL0.net
うちはトメですら会った事ない義祖父の50回忌をこないだやったよ
単なるど田舎の農家なので完全に寺の言いなり
なのに遠方の私の祖母の葬儀には旦那来なかったし、なんかむかつくわ

248: 可愛い奥様 2019/10/09(水) 22:03:14.14 id:Pigz1+Eb0.net
罰当たりかもしれないけどさ、
何十年と法事をやるのも限度があるよね
結婚式は一度で終わるけど法事って何年もリピートするから
みんなハッキリ言わないけど
本当は困ってるんだろなって思うわ

253: 可愛い奥様 2019/10/10(木) 11:44:02.65 id:tjIwi2J00.net
お寺が営業?に熱心だと『法事やらなきゃ!』って気にさせられるんじゃない?
自分の実家は祖母17回忌のあと33回忌までやって終わりにするとか言ってた
旦那の実家、田舎で色々うざいのに10年以上前になくなってる義祖母の法事
やってるのか?呼ばれてないだけなのか?
一周忌やったかどうかも覚えてない。。。
でもやらない方が助かるわー

 

 上の投稿が、どれほど法事に関する「一般的感想」なのかわかりませんが、私は「法事」という行事で、親類縁者が集まることに良い思い出しかないので、なんだか不思議な気がしました。

 もちろん、法事を行う家の人々、特に主婦は掃除や飲食の準備、後始末は重労働かもしれませんし、何等かの理由で関係が良くない人に会わなければならないのは辛いという状況も考えられます。

 しかし、会ったこともないご先祖についてエピソードを話して笑う、泣く、感心するといった経験は、親族ならでは。私はあったことのない祖先の話を聞くのが大好きでした。

 曾祖父たちが町に鉄道を引こうと奔走した話、祖父が初めてベンツを買って大はしゃぎ、車体を皇族の方の乗る車と似たような色に塗って警察から大目玉をくらった話、100年近く前に、遠い親戚が金髪のオーストラリア人と結婚して田舎町が大騒ぎになった話しなどなど・・・自分の中にこんな先祖たちのDNAが続いているのだと思うと、本当に楽しい。

 準備や後始末が面倒なら、簡単な仕出し弁当を法事の後でお寺で食べれば良いし、酔っぱらいの面倒が嫌なら、お酒は献杯だけ・・・というのもあり。工夫しだいで、負担も少なく行うことができるでしょう。

 従弟やはとことの交際も人生を豊かにするもの。少子化の今こそ、親戚付き合いは楽しく、気軽にしたいものです。法事はそのきっかけとしてとても良いものなのでは?

 先日、ご近所のK家で350回忌が行われました。これは何ともうらやましいですよね。

 法事の良さは、自分がどこから来たのか、どれほど多くの人との関係で成り立っている人生なのか、改めて考える良い機会なのです。

 先祖供養はけして生きている側からの一方的なものではなく、ご先祖からも供養されているのです。命という大きなプレゼントをいただいていることを改めて感謝し、喜び分かち合う絶好の機会です。

 確かに、遠くに住む親せきが集まるのは時間的にも、金銭的にも負担は大きいかもしれませんが、メリットはそれを上回るはず。自分にまつわる多くの縁を知り、それを楽しんで育つ子どもは本当に幸せだと思います。