慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は7月21日(日)10時よりおこないます。テーマは「巡礼の意義と功徳」です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

2018-12-01から1ヶ月間の記事一覧

今年一年、ブログをご訪問頂きありがとうございました。皆さま、どうぞ心やすらかな新年をお迎えください。

慈雲寺の行事や、住職としての私の日常のあれこれを綴っているだけの、このブログを訪問して下さる方々に、心から感謝申し上げます。とりわけ、コメントを書いて下さったり、★印を贈って下さる方々には、いつも励まされています。 どうぞ来年もよろしくお願…

初詣に行く前にお寺にお参りしましょう

仏教寺院では、一年の始まりに行われる法要を修正会(しゅしょうえ)といいます。「修正」とは、過ちを悔い改め、正しい行いをすることです。旧年中に行った悪い行いを反省し、新たな年にはお釈迦様がお教え下さった正しい道を進んでいくことを誓い、社会の…

編集者に褒められるとやっぱり嬉しいなぁ・・・

今日はちょっと心が重くなるような役目があって、心も体もくたびれて帰山。パソコンを開いたら、毎月連載記事を書かせていただいている雑誌の担当編集者からメールがきていました。先日提出した原稿に手を入れて下さったお返事です。 「今月は良くまとまって…

別れの言葉は心をこめて・・・・二度と会えないかもしれないから

中国の浄土教を大成し、法然坊源空上人(法然上人)など多くの日本の僧侶たちに深い影響を与えた善導大師は、人の命を「日向に置かれた切り花」に例え、花がたちまち枯れるように、人の命もはかないものだと教えています。 私たちは、いつどのような状況で今…

"新発心”さんが慈雲寺を訪ねてくださいました。とても嬉しい!

昨日の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」を聞きに来て下さった方々の中に、”しんぽちさん”がいらっしゃいました。 「新発心」とか「新発意」というのは、出家を決意し、得度したばかりの修行僧のことです。しんぼっちとか、しんぼち、しぼちと発音する宗派もあ…

新年最初の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、墓地についてご一緒に考えてみましょう。

今日は12月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」の日でした。「戒名」をテーマに取り上げたのですが、40名を超える方々がおいで下さり、十分な暖房のない本堂が少し暖かくなったほどでした。 さて、来年の最初の講座は1月20日(日曜)の10時から行います…

もうすぐ満月・・・直前の月もきれいです。「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」と「満月写経の会」のご案内(慈雲寺へのアクセス)

夕方、庭の掃き掃除をしていたら、とても綺麗なお月さまが昇ってきました。 満月ももちろん綺麗ですが、月齢13日目ぐらいのお月さまもいいですね。 さて、今日は弘法様の御縁日でした。慈雲寺では、年に三回だけ、お砂踏みをしていただいています。法要には…

21日は弘法大師の御縁日です。四国八十八ヶ所巡礼の功徳を一日で!

上の写真は、インターネットの無料画像からお借りした、京都の東寺で行われている「お砂踏み」の様子です。 東寺は、四国巡礼が満行した時、お礼のお参りをするお寺として知られていますが、そこでお砂踏みをすれば、一日で満行のお礼までできてしまうという…

12月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」では、戒名(法名)について考えてみましょう。

慈雲寺では、毎月一回、身近な話題から仏教というものの考え方、見方をご一緒に考える会を催しています。「講座」というタイトルがついていますが、お気軽に参加していただけるお話の会です。 12月は23日の日曜日、10時より行います。 テーマは「戒名(…

思考力や創造力を育むなら、まず母国語の語彙と表現力でしょう?!

部屋の掃除をして、新聞を整理していたら英語教室の宣伝フライヤーが出てきました。「2019年から英語・英会話の新カリキュラムが始まります!」という大きな字が目に入ってきます。 宣伝コピーは「”21世紀のスキル”の養成」とか「思考力や創造力を育む…

12月21日は終い弘法です。四国八十八ヶ所のお砂踏みもしていただけます。

弘法大師空海は、日本の真言密教の祖師であるばかりでなく、広く人々に信仰されています。 慈雲寺は法然坊源空上人(法然上人)を開祖とし、善慧房証空上人(西山上人)を流祖とする浄土宗西山派(西山浄土宗)に属していますが、脇檀には弘法大師もお祀りさ…

怨みを捨ててこそ・・・

今日のお釈迦様のお言葉 「この世においては、怨みに対して怨みをもって返すなら いつまでも怨みが消えることはありません。 怨みを捨ててこそ怨みは消える。これは永遠の真理です。」 『ダンマパタ』 日本にお念仏の教えを確立した法然房源空上人(法然上人…

友達の輝きが眩しくて・・・・今日はちょっと「イグアナ」に変身

仏教では他と比較して、羨んだり卑下したりすることを「苦しみのもと」と教えています。「あの人に比べれば、私の方が幸せ」と考えても本当の幸せではないからです。 ましてや僧侶としては、他の人を「羨む」というのは、とても恥ずかしいことです。他の人を…

今日の読書:古川順弘『神と仏の明治維新』

山茶花が咲き始めました。花の少ない冬に咲いて、私たちを楽しませてくれる山茶花や椿は大好きです。慈雲寺の内庭にも数本あります。楽しみ、楽しみ。 さて、ここ数年、私の中では「廃仏毀釈」がブーム(っていうのは変な表現ですね)。関連のある本が目に付…

大好きだった郵便局が大変身していました!

私はほんの短い間ですが、「大手町のOL」だった時代があります。OLなんて言葉は、とっくの昔に死語かもしれませんね?でも、半世紀前(ひぇ~~~)は、「大手町のOL」はちょっとしたステータスだったのです。ま、そう思っていたのは、大手町で働いていた私…

兄弟弟子に囲まれる喜び

私を僧侶にしてくださった、最初の師僧である橋本上人は、弟子を二十人以上育てた方です。自分の子供を弟子としてお寺を継がせるのが大半の、今の仏教界において、在家からこれほど多くの出家者を育てた方は稀有の存在と言ってよいでしょう。 弟子を育てるの…

冬の雷鳴は哀しい

先ほど、台所で夕食を作っていたら雷が鳴りだしました。私は普段は雷を怖いとは思わないし、砂漠や大平原で見る稲妻をとても美しいと思います。 でも、今日の雷鳴はダメでした・・・こんな風に冬の雷鳴を聞いたときの哀しい体験がいっぺんに胸に押し寄せてき…

阿弥陀様のお慈悲を「大船」に例える

私たちは輪廻を繰り返している間にさまざまな業を積み重ねています。善業も少しはあるでしょうが、重い石のように悪業を背負っているのです。 重い石のような私たちは、もちろん河の流れに浮かぶことはできないし、泳いで彼岸に渡ることもできません。 しか…

「また次の機会」はないと覚悟すべき

早朝の電話は恩師の急死の知らせでした。R師は、私が本山で修行をしていた時代の恩師です。講義を受けていたときには、私はずいぶんと生意気で反抗的な生徒でしたが、その後、不思議なご縁で近しくさせていただいていました。 本山で行われた幾つかのプロジ…