慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

3月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は3月17日(日)10時より、お彼岸の法要も兼ねて行います。テーマは「法然上人が開いた『浄土門』とは何だったのか?その2」です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

原爆忌の日に

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 慈雲寺がある桶狭間から笠寺周辺までの地域では、今日、8月6日にお墓の掃除をし、花を替え、墓前で西瓜を食べる習慣があります。東京育ちの私は、この習わしについて全くしらず、赴任した最初の年には、とても驚いた記憶があります。

 しかし、お盆を前にして、熱心にお墓周辺を綺麗に整えている方々を見ると、ご先祖と良い関係を続けている人は、現世でも幸せなのだと思えます。

 今日は広島に原爆が落とされた日、原爆忌です。今朝の新聞には、まだ家族のもとに帰れぬ遺骨が七万柱もあると書かれていました。私たち日本人は、戦争の愚かさ、悲惨さ、核兵器の残虐さを強く訴えていく責任があります。「二度と過ちは繰り返しません」と原爆ドームの前の記念碑に刻まれていることを忘れてはならないでしょう。

 私は父とアメリカのニューメキシコ州へ行ったとき、原爆の開発をしていたアメリカのロスアラモス研究所へ見学に行ったことがあります。「開発の期間中、研究者たちがどんな生活をしていたのか」、「自分たちが造っているものが、いったいどんな事態を引き起こすと考えていたのか」、「原爆が投下されたのち、その研究者たちは何を思ったのか」・・・などなど、核兵器開発の歴史をたどった展示を見ているうちに、私も父も言葉を失ってしまいました。

 もちろん、ロスアラモスでは、「原爆の投下は、あの戦争の状況の中ではやむを得ない」という姿勢で貫かれていましたが、研究者たちの良心の呵責は十分に伝わってきました。

 ロスアラモスの研究所は第二次大戦後も研究が続けられ、多くの研究者が放射能の影響の思われる癌でなくなっているとのことでした。

 今、日本は再び「戦争のできる国」として歩み始めています。今日こそ、原爆の悲惨さ、愚かさを改めて心に刻みたいものです。

 犠牲者の方々のご冥福をお祈り申し上げます。

◎今日の写真は、インドの国立博物館で見た壁絵です。お釈迦様のお説教を聴く人々の様子です。