自分の思いを人に伝えることは、とても難しいことです。相手に自分の意図を正確に伝えるには、豊かな語彙、柔軟な表現力が必要です。しかし、今は、スマホやインターネットを通じてのやりとりでは、文章は短く、ぶっきらぼうになりがちです。本を読む習慣が薄れれば、語彙はどんどん貧弱になっていくでしょう。
それでいて、相手に自分の思いを伝えたい、自分の気持ちを分かって欲しいという願いは、どんどん強くなっていきます。ツイッターのように、短時間で大きな反応を期待するメディアでは、「いいね」が付かないと不満はつのり、寂しさも増してしまいます。フォロワーが山ほどいても、結果的には孤独感が強まっていくのです。
日本には「以心伝心」といったように、口に出して、言葉にして自分の思いを伝えなくても良いという伝統(?)があります。とりわけ、夫婦や親子のような近しい家族は、「身内なんだから言わなくてもわかる」と思いがちです。
しかし、それは本当でしょうか?
「以心伝心」は、もともと禅宗の教えから出てきた言葉です。仏教の真髄は言葉で伝えられるものではなく、師から弟子の心に直接伝えられるものだというのです。確かに、人間の限られた語彙で真理を語りつくすのは難しいでしょう。しかし、私たちの心の中の思いは、やはり言葉て伝えていくべきだと思います。
とりわけ、感謝の言葉、思いやりの言葉は、口に出して、文字にして、行動で、相手に伝えましょう。家族だからこそ、長い間のつきあいのある友人だからこそ、一緒に働く同僚だからこそ・・・近くにいるものだからこそ、「わかって当たり前」ではないのです。
人に思いやりを込めた優しい言葉をかけることは、「愛語」と言って、布施行の一つでもあります。
反対に、怒りを込めた言葉を発するのは、相手以上に自分自身を傷つけていることを忘れないでください。怒りは毒蛇の毒よりも、その人自身を害するとお釈迦様は教えてくださっています。