慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、7月17日(日)10時より行います。テーマは、お盆の起源と言われている、目連尊者と地獄へ落ちてしまった彼の母親のお話です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。

雪舟と狩野元信にかこまれて、至福の夕べ Part1

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 昨日は、慈雲寺の属する浄土宗西山派西山浄土宗)の総本山光明寺で勉強会があったので、長岡京まででかけました。勉強会は五時前には終わったので、京都博物館へでかけることにしました。

 このごろ、金曜や土曜に開館時間を延長する博物館や美術館があるのは増えているのは嬉しいことです。特に、特別展のない常設展だけの時は人も少なく、静かな雰囲気の中でたっぷりと美しいものに囲まれるという、最上の贅沢を味わえます。

 京都博物館では、こういう常設展の時に却って学芸員が張り切っている様子が感じられることがしばしばあります。京都博物館の所蔵品の中から選りすぐりを出してくるのでしょう。

 昨日は、6年ほど前に京都博物館にまとめて寄贈された中国の陶磁器のミニ展覧会が目的でした。ようやく整理が終わって図録も制作されたので、ようやくお披露目ということでしょう。国宝や重文に指定されたものはないようでしたが(もしかしたら審査中?)、どれも正に逸品ばかり。青磁白磁の大好きな私には「ムフフフ」と変な笑いが出てしまうほど嬉しい展示でした。

 しかし、博物館の入り口で「今日の展示品」という案内を見てビックリ!なんと雪舟の『慧可断臂図』が展示されているというのです。エレベーターの行先ボタンを押すのももどかしいくらい大興奮。この絵のことは以前にも書きましたがjiunji.hatenablog.com/entry/2018/06/26/225116  見れば見るほど色々考えさせられる絵です。

 もう何度も見てはいるのですが、『雪舟展』のような時に見たので、いつも周辺にはたくさんの人。雪舟の作品でも特に人気がある絵ですから当然なのですが・・・

 しかし!昨日は、ほとんど人影もまばら・・・・展示室に私以外の誰もいないという時間が何分も続きました。近づいてジロジロ、離れてう~ん・・・椅子に腰かけてジー。誰かに見られたらかなり恥ずかしい状態だったかも。

 でも、いままで展覧会で見ても、本などに掲載された絵などを見ても気が付かなかったことに気が付きました。

 この絵は墨絵なのですが、達磨大師と慧可の顔の部分、慧可が差し出している手には彩色されています。切断面には、スッと赤い血の色が描かれていて、なんとも言えない迫力です。

 しかし、今回気が付いたのは、慧可の唇にも紅色が一筋入っているのです。鬚で全然気が付かなかった!雪舟はなぜ、慧可の唇に生々しい色を入れたのでしょう?気になるなぁ・・・達磨大師の方の唇は全く赤みがないのに(ま、色落ちしたのかもしれないけど)

 もし、雪舟が意識的に慧可の唇だけ赤くしたのだったら、なぜでしょうね?

 私は、慧可が弟子になりたいという決意を手を切ることで示した・・・という説明にはどうも納得できないのです。絵の中の達磨大のは「問題はそんなことじゃない。お前の覚悟はそんな風に示すものではない。」と言っているように思えてならないのです。

 慧可の唇の赤さは、何だか彼の俗物性を表してしてないかなぁ???有名な達磨大師の弟子になりたい・・・っていう下心みたいなものが唇の赤さに出てるのでは?

 あ、もちろん慧可はその後、真剣に修行して達磨大師の跡継ぎに相応しい僧侶になったのですが。

 昨日が稀有の夕べだったのは、この雪舟の絵のせいだけではないのです。同じ展示室に、なんと狩野元信の代表作の一つ『浄瓶踢倒図』もあったのです。これは図録でしか見た事がなかったので、本物にお目にかかるのは初めて。これも独り占めでたっぷりと鑑賞しました。元信のことは次回のエントリーでお話します。