慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は7月21日(日)10時よりおこないます。テーマは「巡礼の意義と功徳」です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

家族がベストとは限らないのでは?

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 先日から、子供の虐待死のニュースが心に重く響いています。新聞の記事によると、昨年、警察から児童相談所へ報告された児童虐待は8万件を超えたそうです。その数は年々上昇していると書かれていました。

 これは一概に虐待件数が増えたというのではなく、今までも家庭の中で隠されていたことが、明るみに出やすくなったということでもあると思います。

 私はカナダに数十年暮らしていましたが、カナダでも児童虐待は少なからず発生しています。しかし、日本と大きく違うのは、いったん虐待が起こっていると警察や児相のような公的機関が認識したら、子供はただちに公的機関に保護され、家族に戻されるのはけして簡単ではありません。

 今回の栗原心愛さんの場合でも、新聞などの報道を見る限りでは、カナダなら家族に戻される可能性はかなり低かったのではと思います。

 日本に戻ってきて、カナダとの違いに考えさせられることが多いのですが、その一つに「家族」への認識の違いがあります。

 日本でもカナダでも、家族の絆、家族の愛情を大切にすることに変わりはありません。しかし、カナダでは「家族が絶対的にベスト」とは考えられていないと言ってよいでしょう。

 日本では、「子供を愛せない親は存在するし、親を愛せない子供もいる」いうことを認めたくない人が多いのではないでしょうか?

 多少の暴力はあっても、やはり家族が一緒にいた方が良い・・・・こんな風に考える人が少なくないのに驚きます。

 親子だから、言葉や行動で示さなくても分かり合えるはず・・・と思っている人が多いのにも驚いています。

 家族であっても思いは、行動や言葉で示すべきだし、理解しあうためには双方の意思を示し、尊重しあい、歩み寄る必要があります。

 家族がベストであることは理想ではありますが、そうでない場合もあるということから目をそらすべきではないでしょう。

 心愛さんの事件では、学校や児相の対応のまずさが浮き彫りになっていますが、彼らを批判するだけでは事態は良くならないでしょう。公的機関の整備、人材の育成も重要です。児童虐待が増えているのなら、児相や学校の予算を増やし、職員の増員、労働時間の見直しを始めることが、子供を救う第一歩になると思います。

 阿弥陀仏は一切の条件をつけずに、私たちのすべてを「この身、このまま」で掬い取って下さっています。家族の中で孤独を感じるときでも、阿弥陀仏はあなたのそばを離れることはありません。

 家庭に居場所がない、逃げ場がないと感じる時、お寺のことを思いだしてほしいと思います。慈雲寺はいつでもご相談に応じます。

◎今日の写真はエクアドルで見た教会の鐘です。