昨日の新聞で、兼好法師の『徒然草』の英訳や、源氏物語、三島由紀夫などの文学研究で有名だったドナルド・キーン氏の訃報を知りました。
もう何十年も前のことですが、私がカナダの大学院にいたとき、講演にいらしたキーン先生とパーティで少しお話させていただいたことがあります。
そのころ、私は大学院の修士論文でひどく苦戦していました。私は比較宗教学を専攻していたので、日本の文献を英訳して論文の中にたくさん引用しなければなりませんでした。英文和訳なら、そこそこできるようになったのですが、和文英訳は恐ろしく時間がかかり、自分の翻訳に自信も持てないし、情けない思いをしていたのです。
そんな時、キーン先生にお目にかかったので、何がきっかけか忘れましたが、「日本を英語に直すのが少しも上達しなくて悩んでいる。自分の翻訳に自信が持てない。」と愚痴をこぼしてしまいました。
するとキーン先生は、「僕だって、日本語を英語に翻訳する、つまり私にとっての外国語から母国語への翻訳はするけれど、英文和訳はにがて、というかできるだけ避けてますよ。」となんとも言えない優雅な笑顔でおっしゃいました。
もちろん、キーン先生が英文和訳ができないわけはないし、翻訳といっても先生と私のレベルは到底比較できるものではないのですが・・・・
すっかり落ち込んでいた当時の私にとっては、キーン先生ほどの方でも、自国語を外国語に翻訳するのは苦手とおっしゃるのだから、私もそれほど思いつめなくても良いのかも・・・と、肩の荷が少し軽くなる思いでした。
その後も、私の苦戦は続いたのですが、なんとか修士論文を仕上げることができたのは、この時のキーン先生のお言葉に励まされたことが大きいと思っています。
ほんの一瞬すれ違っただけの私にすら、これほど大きな影響を与えて下さった方ですから、多くの人々が先生を悼んでおられることでしょう。
昨日の夕方のお勤めは、先生の菩提を弔わせていただきました。
◎今日の写真は先生が日本国籍を取得された時、自分の名前に選んだ漢字です。先生らしいユーモアを感じさせます。