慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、7月17日(日)10時より行います。テーマは、お盆の起源と言われている、目連尊者と地獄へ落ちてしまった彼の母親のお話です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。

無財の七施 Part 3 床座施

f:id:jiunji:20220113095924j:plain

ローマの動物園で見た建物の装飾です。古代ローマ風の建物の中に動物がいると、昔の貴族の贅沢みたいな不思議な雰囲気でした。

 

 布施は私たちが最も執着しているもの、煩悩にまみれがちなものを手放す修行です。お金などの財物を布施するのは、私たちが一番執着しやすいものだからです。財物でないものを手放す布施もあります。

 仏教では、この財物以外の布施を七種類に分けて「無財の七施」と説いています。

 

 七施の一つに「床座施」(しょうざせ)があります。これは、座席や寝床を人に譲って施すことをいいます。

 私はカナダで40年生活してから、現在の桶狭間のお寺の住職に赴任するために帰国しました。「日本とカナダとどちらが良いですか?」と良く聞かれますが、どちらも良いところも悪いところもあるので、何とも言えません。

 仏教では、今いるその場所を大事にすることを教えています。隣の芝生をうらやんだりしてはいけないんですね。同時に、大事にし過ぎて執着することも戒めています。大事にするけれど、手放すときはあっさり・・・難しいことですね。

 

 さて、カナダの方が日本より良い・・・と思えることの一つが電車やバスなどの座席を譲ることです。カナダの人は座席をサッと譲ってくれる人が少なくありません。妊婦や怪我をしているらしい人が乗り込んで来たら、何人かの人がいっせいに立ち上がるくらいです。

 譲ってもらった方の人も、「ありがとうございます!」とニッコリ笑って、サッと座ります。この一連の流れはとてもスムース。

 

 一方、日本では席を譲るのはなかなか大変です。譲ろうとして立ち上がっても、「すぐ降りますから~~」となかなか座らない。中には「年寄り扱いするな!」と不機嫌な表情をする人もいます。

 妙に大げさにお礼を言う人が多いのも、譲るのをためらう原因になっているような気もします。座るときにお礼、下車するときにもお礼・・・譲った人が恥ずかしくなってしまう感じです。

 

 なんで譲られたのかわからない時でも、譲ってくれたらさっさと座って、ニッコリ「サンキュー」と言えば良いのです。大げさなことは不要です。

 

 譲る方も、譲られる方も、妙な自意識が邪魔をするとスムースな動きができません。煩悩を手放す修行を繰り返していれば、どちらの側もスマートな行動ができるようになるでしょう。

 この「席を譲る」行為の「席」は、座席だけに限らないでしょう。人生のいろいろな場面での「席」をスマートに譲り、譲られる自在さが、仏教徒の生き方です。