
私は僧侶としての資質は極めて貧弱。いろいろダメダメなのですが、中でも問題なのは、整理整頓が苦手というところ。部屋の乱雑さは、使う人の心の乱雑さを現しているとよく言われますが、まさに、私の部屋の悲惨な乱雑さは、正に私自身の心の現れのようです。
今日は一日、何も予定が無かったので、この悲惨な状況をなんとかしようと片付けを始めました。大して広い部屋ではないので、テキパキやれば数時間できれいになるはずですが、そこはグズグズ・・・というわけで、ただいま午後3時過ぎ、少々飽きた。
と、思っていたらご近所の小学校の子供たちからのお手紙を集めたものを発見しました。この小学校では、毎年2年生が「町探検」というというイベントがあります。小学校周辺のお店や会社などに数十人の子供たちが訪れ、いろいろ「探検」をするという楽しい行事です。
慈雲寺は毎年、この探検の目的地に指定していただいています。子供たちとの質疑応答は、なかなかシビア。「お寺と神社はどう違うのですか?」「神様と仏さまはどう違うのですか?」などなど、毎年うなってしまいます。
そして、訪問後、子供たちからの感想文を集めた文集が送られてきます。これが毎年、とっても楽しみ。子供たちが興味を持ってくれるポイントが味わい深い。
今年の文集には「お寺には休みがなくて、心がよごれた人や心がくるしい人はいつでもきていいということを知り、おどろきました」と書いてくれた子がいました。
おお!私のメッセージが伝わったのかなぁ。なんだか嬉しい。
「ぼくもけんかしたときはいこうとおもいました」と書いてくれた子もいました。
また、「お寺が明るいときだけしかやっていないのは悲しい。8時頃までやってほしい」と書いてくれた子もいました。いや、慈雲寺は24時間営業ですから、いつでもきてね!(つづく)