
今日、私は知多市の知多歴史民俗博物館にいました。16日の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」のテーマは「知多の巡礼信仰」としたので、博物館の資料室で知多半島の歴史文献を探していたのです。
そして14時46分、館内に東日本大震災の犠牲者の方々への追悼を呼びかける放送がありました。資料室に座ったまま合掌し、黙祷をさせていただきました。
今朝の勤行の時にも犠牲者の方々への短い読経をさせていただいたのですが、今年も祈ることしかできない自分を情けなく思いました。
14年前の初夏、私は仙台近くの海岸にいました。大きな寺院が津波に飲み込まれ、墓地も壊滅的な被害を受けました。倒れた墓碑の周辺に骨の小さな破片が散乱していました。念仏を称えながら、その骨片を集めていきました。しかし、それもほんの短時間。私の自己満足でしかなかったかもしれません。
それからは、たまに復興基金に寄付する程度。私の中で東北のことは薄れていきました。
毎年3月11日、追悼の読経をするたびに、継続的なサポートの大切さを思い出すのですが、行動にはなかなか結びつきません。
今年こそ、「忘れない」ということからもう一度、自分にできることを探して、行動していこうと思っています。