慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

6月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は6月21日10時より行います。テーマは「『往生要集』入門」です。日本人の地獄観や浄土観に深い影響を与えた恵心僧都の思想をご一緒に学びましょう。

造花と仏花 (慈雲寺の降誕会「花まつり」は旧暦で行います)

 お釈迦様がお生まれになったのは、4月8日と言われています。もちろん、この日づけは太陰暦(旧暦)に基づいたものです。仏教行事は旧暦にしたがうことが多いのですが、現行のカレンダーで4月8日はちょうど桜の季節なので、「花まつり」として、太陽暦で行事をおこなうのが慣例になっています。

 慈雲寺では、仏教行事はできるだけ旧暦にしたがいたと思っています。お釈迦様の誕生を祝う降誕会も旧暦で行います。今年は5月5日のこどもの日がちょうど旧暦の4月8日です。お釈迦様の誕生を喜び、子供の成長を願う日ですので、ぜひお参りにいらしてください。

 

さて、花と言えば、先日、知人の葬儀に参列しました。前の方の列に案内されて、立派な祭壇を見上げると、ほとんどの花が造花であることに気が付きました。

 最近の葬儀では、造花がたくさん使われることはめずらしくありません。葬儀会館の広告にも、小さな字で「祭壇の一部に造花を使います」と書かれた、ある意味正直な所もあるほどです。

 造花はけして安物ではなく、少し離れた場所から焼香する参列者で気が付く人は少ないかもしれません。私たち僧侶は、祭壇のすぐ近くで読経するので気が付くことが多いですが・・・・

 お供え物でも、果物などはプラスチック製というのが少なくありません。

 生花は高価なものだし、使い捨てではエコではないなど、祭壇を作るにも形が揃った造花は使いやすいなどなど、造花が増えた理由はさまざまでしょう。でもなぁ・・・・

 見た目をゴージャスにするより、少ない本数でも、本物の花を供えた方が良いのではないかしら?

 

 お参りに行った先の仏壇に造花が供えられていると、なんだかなぁ・・・という気持ちになります。一番悲しいのは、お墓に備えられた造花が雨や太陽にさらされて劣化しているのを見ることです。生花が枯れているのも哀しいですが、劣化した造花はさらにあわれです。

 なぜ造花を供えるのでしょう?仏さま、ご先祖さまを喜ばせるためですか?それとも、お参りしているという「体裁」を整えるためででしょうか?微妙・・・・

 しかし、仏さまに紙や布などで作った花を供える習慣は、伝統的な宗派や寺院でも行われていることです。儀式の時に、蓮の花びらに似せた紙製の華を散らす「散華」は、どの宗派でも普通に行われています。なので、造花が仏教的にNGというわけではないのですが・・・・

 私はお墓や仏壇に供える仏花は、はやり生花が良いと思います。菊などの香のある花がお勧めです(香や派手な色の花を嫌う和尚さんがいらっしゃるようですが・・・・)

花がだんだん生気を失っていくのも、諸行無常の仏教の教えを目の当たりにすることですし、こまめに花を変えることによって、仏様やご先祖さまへの敬意と信仰を示すことでもあります。

 仏壇の造花は、祈る側の「便利さ」や「体裁」だけ。仏様やご先祖さまへの思いが感じられません。もし、花をしばしば変える時間的、経済的な余裕がないのであれば、造花より高野槙のような常緑樹の枝をお供えしてはいかがでしょうか?