
上の写真は高野山金剛峰寺の石庭の写真です。大海原に姿を現した龍の背中のようです。
先日、友人が「高野山に行ってみたいので付いてきて欲しい」とお願いして下さったので、久しぶりにガイド兼添乗員業務のようなものをしました。
山内の宿坊に三泊するという贅沢な旅になりました。高野山は真言宗の総本山。まるで蓮の花のように広がった山々に囲まれた台地の上に境内が広がっています。境内の一番奥まった奥の院には、今も弘法大師さまが生きておられ、深い瞑想に入っておられるそうです。
遥か未来に弥勒菩薩が如来となって下生なさるのは、まさにこの地だと信じられています。
私は以前に数回、高野山へ行ったことはありますが、どれも日帰り。奥の院へお参りしただけという感じでした。
今回は、中心となる金剛峰寺を始め、境内のさまざまな寺院をゆっくりとめぐることができました。私は浄土宗の西山派(西山浄土宗)に属する僧侶ですが、他宗派の本山でミニ修行のようなものをさせていただけると期待も膨らんでいました。
名古屋からは近鉄で難波へ、そこから南海電車で高野の山地に入っていきます。最後にケーブルカーで5分ほど登ると、そこは静かなお大師さまの世界が・・・・広がっているはずだったのですが・・・・・
ケーブルカーの中も、境内の中心に向かうバスの中も、外国からの旅行客でいっぱいでした。聞こえてくるのは英語よりもフランス語やスペイン語のようでした。そういえば、南海電車の特急の中のアナウンスも、英語、中国語、韓国語の他にフランス語もありました。他の鉄道では聞かないアナウンスですね。
どうやら、高野山はヨーロッパ系の人にとって魅力的な場所のようです。金閣寺や富士山をめざす観光客とは一味違う人たちなのでしょうか?
宿坊についても、イタリア系の団体が宿泊していて、どうやら日本人の方が少数派のようでした。
高野山の持つ独特の雰囲気を味わいたいという意思のある方々のようでしたから、全体的にマナーも良く、「オーバーツーリズム」の弊害はあるとは思えませんでした。しかし・・・・真言宗の本山で「宗教的」な雰囲気にじっくりとつかりたいと思っていた私の思惑は残念ながら満足させられたとは言えませんでした。
う~~ん、私たちもヨーロッパの教会を興味津々で「見物」しまくっていたのだから、文句を言える立場ではないのかもしれませんが。(つづく)