慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は7月26日10時よりおこないます。テーマは「『往生要集』からの飛翔:法然」です。源信が『往生要集』で念仏を勧めてから100年後、法然は大きく念仏の意味を変えたと言われています。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

「九死に一生」はすぐそばにあった!Part 1

  晩春から初夏の花の季節も終わり、来週は夏日の予想が続いています。

 まさに諸行無常です。

 人間の命もいつ終わるか全く予測がつかないので、朝家を出て学校や職場に出かけた家族がその日無事に家に帰ってくるかどうかは、「当たり前」のことではなく、「有難い」ことなのだと見るのが仏教の考え方です。

 

 先日、重病で寝たきりの友人のお見舞いに行きました。彼は余命宣告されており、それを静かに受け入れています。しかし、「命」の話になったとき、彼は「私は一日中、家の中で寝ている。あなたは交通の激しい道を自転車で走り回っている。私は余命半年と言われているけど、『今日一日の命の危険』ということから見ると、あなたの方が危ないんじゃないか?」と笑いながら言いました。その時は、私も一緒に笑って、「昔、カナダで下宿していた時のお爺さんにも同じようなこと言われた。本当に寿命はわからないよね。」と答えました。

 

 その数日後、この冗談が、冗談ではなくなりました・・・・

 

 その日、私は歩道を自転車で走っていました。歩道を走るのは道交法違反らしいですが、70歳以上の「老人」はお目こぼしがあるようです。と、いうわけでその歩道を入っていましたが、どうやら歩道にでこぼこがあり、タイヤが引っかかってしまったようで、急に自転車は横転!私は車道に吹き飛ばされてしまいました。

 その時、後ろから走ってきた車が素晴らしいマヌーバーで私を避けてくれました。対向車線に車がいなかったのも幸いでした。

 継続車は急ブレーキ。空いていた時間だったので、その急ブレーキで玉突きになることもなく、継続車の方がすぐ降りてきて私を助け起こしてくれました。さらに、もう一つ後ろのゴミ収集車の係りの方が、すぐに交通整理。それはそれはスムースでした。

 私は頭を打ったりもしませんでしたが、ビックリしたせいか、すぐにはしゃっきり立てず、よろよろしていたので「救急車を呼びましょうか?」と言われましたが、10秒ぐらいで気持ちも落ち着いたし、あまり痛みも感じなかったので「大丈夫」とお答えして終了でした。

 

 仏教は「自業自得」、「因果応報」ですから、あまり「運が良い」というようなことは言いません。しかし、後ろの車の人がスマホで話していたとか、対向車が来ていたとか、悪い要素が重なっていたら、私は確実に轢かれていたでしょう。死んでいても不思議ではなかったと思います。

 「九死に一生を得る」という言葉がありますが、こんなに身近なものになるとは思いませんでした。(つづく)