
今日は、月例の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」の日でした。15名ほどの方がいらして下さり、熱心にお話を聞いて下さいました。
今月は「葬式仏教とは何か?」というのをテーマにしました。「葬式仏教」という言葉は仏教や僧侶を批判する言葉という印象が強いですね。しかし、律令制の時代に鎮護国家の役割を担っていた僧侶が、一般の人の葬儀に関わるようになって、仏教が広がっていったという歴史があります。
そして、だれでもが直面する「自分の死」や「愛する人の死」をきっかけにして仏教に出会うこともあると思います。
僧侶の側が丁寧に葬儀や法事の意味を説明し、お経の内容について日頃わかりやすくお話していれば、葬儀や法事が仏教とのご縁を深める機会になると思います。
このお話の準備をするなかで「葬儀離れ」が進んでいるという現状、そしてその傾向を加速させているのが「お布施」の問題なのだということに気が付きました。
「お布施を取られる」・・・という言葉がこぼれてしまうほど、多くの人にとって「お布施」は「高額な料金」「訳の分からない料金」と感じられているようです。
これも僧侶の側に問題があると思います。「布施」は執着から離れるという仏教修行の第一歩なのです。「対価を支払う」のではなく、「喜捨」。喜んで捨てる、喜んで執着を手放す修行なのです。
「布施」について普段、僧侶が丁寧にお話し、理解していただくことが大切でしょう。
そして、最も大切なことは、その「お布施」の使われ方でしょう。とても必要とは思えないような物や車の購入、遊興費などなど・・・・やはり僧侶は清貧な暮らしを送るべきだし、お供えいただいたお布施は、お寺の維持と檀信徒の皆さんの信仰を深めるきっかけとなるようなことに使われるべきだと思います。
私は「いきつけのお寺」、「気軽に相談できる僧侶」との出会いがあることをおすすめしています。そのようなお寺、僧侶を探すとき、お布施の使われ方にも注目してみてはいかがでしょう?