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慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

新年最初の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は1月29日に行います。テーマは「戒・定・慧の三学と念仏」です。

トランプ大統領の就任演説を聞きながら、お大師様のご縁日の準備

弘法大師のお言葉

「大辨は訥なるが若く 大智は愚なるが若し」

心を動かす語りは訥々としていて、真実の智慧は愚かに見えるものです。

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 今日は1月の21日、お大師さまのご縁日でした。慈雲寺にも弘法大師さまをお祀りしているのですが、年に三回だけ四国八十八ヶ所のお砂ふみをしていただいています。

 今日は風が強くてとても寒かったのですが、10人近くの方がお参りに来てくださいました。『般若心経』を一緒に称えた後、皆でお砂踏みをしました。

 朝の英語会に来てくれている小さな子供たちも来てくれて、御祖母さんと一緒に御砂踏み。こういう経験が子供たちの心に思い出として積み重なっていくと嬉しく思います。子供の時にお寺に「遊びに」行く習慣をぜひ身に着けてほしいものです。

 さて、この御縁日の準備をしながら、トランプ新大統領の就任演説のニュースを聞いていました。「America First」というのは、なんと耳障りの良い言葉でしょう!彼を支持した人々のまさに「聞きたい」言葉だったのでしょうね。

 私は極端なグローバル化には疑問をもっています。それぞれの国の国民が自国の伝統文化を大切にし、自分たちで選んだ暮らし方ができることが大事だと思います。

 例えば、「世界中でみんなが使っているから」という理由で英語を無暗に取り入れ、日本語の語彙が貧弱になり、表現力、読解力が落ちては何にもなりません。

 しかし、私たちは国同士が助け合わなければ誰も幸せにはなりません。極端なAmerica Firstはアッと言う間に矛盾が露呈してくるだろうと思います。

 これからしばらくはニュースから目が離せませんね。

◎今日の写真はウズベキスタン国立博物館で見たガラスの皿です。

 

 

 

 

21日は弘法大師のお縁日です。四国八十八ヶ所のお砂踏みをしていただけます。

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 毎月21日は弘法大師のお縁日です。慈雲寺は浄土宗西山派西山浄土宗)に属していますが、桶狭間周辺は江戸時代からお大師信仰の篤いエリアです。知多半島には「知多四国」の巡礼路もあるほど。

 慈雲寺にも、ご縁があってお大師様のお像をお祀りしています。慈雲寺のお大師様は、とても若々しいお姿でお顔の肌もツルツル!「美肌弘法さま」とお呼びしたいくらいです。

 年の初めのお縁日は「初弘法」といって、特に御利益があると昔から信じられています。初弘法の日には、四国八十八ヶ所のお砂踏みもしていただけます。どうぞ新しい年の御縁を結んでください。

 1月21日の10時より短い法要と弘法大師のお話しをいたします。

 どなたでもお気軽にお参りくださいませ。

 また、お砂踏みは本堂が開いている間は、ご自由にお参りいただけます。

◎公共交通での慈雲寺へのアクセス
 申し訳ありませんが、慈雲寺には十分な駐車場がありません。なるべく公共交通を使っておいでくださいませ。
 名鉄有松駅前から、「有松12番 有松町口無池行き 地蔵池経由」に乗ってください。日曜の9時台は二番乗り場から9時07分と36分に発車します。これらのバスに乗り、郷前(ごうまえ)の停留所でお降りください。そのまま道なりに進むと郷前の交差点に出ます。角に鍼灸院があり、その右手の細い坂道を上がると慈雲寺の屋根が見えてきます。
   また、時間はかかりますが、地下鉄の鳴子北駅から出ている「鳴子13番」のバスも郷前に停まります。日曜は8時45分にバスが出ます。
●栄のバスターミナルからは森の里団地行きのバスが一時間に一本出ています。この場合は、郷前の停留所から道を戻って郷前の交差点に行ってください。日曜は8時50分発があります。所要時間は約40分
●JRの大高駅から緑循環バスの名鉄有松行で郷前に行くことができます。日曜は8時44分と9時44分に出発します。9時台のバスですと10時の開始時間には少し遅れますが、あわてずにおいでください。
●また、同じ緑循環バスの名鉄有松行は南大高駅東にも停車します。9時9分発です。
●JRの共和駅からタクシーで5分。市バスはありません。「郷前の交差点近くの慈雲寺」とおっしゃってください。慈雲寺を知らないタクシーの運転手もいますので、その場合は郷前の交差点の鍼灸院で降りてください。鍼灸院からお寺の屋根が見えます。

◎今日の写真はウズベキスタン日本文化会館で書道を習う人たちの姿です。小さい子供からお年寄りまで、熱心に練習していました。

恵方巻を食べる人が六割越え?!豆まきは減っているのに??

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 先ほど、お医者さんへ持病の薬を処方していただきに行ったとき、ぼんやりと待合室のテレビを眺めていたら、「恵方巻を食べるといる人が一昨年の61%から去年は63%に増えた。」という話をしていました。名古屋のローカル局の番組なので、名古屋周辺のことなのか、全国的な統計の話なのかは聞き取れませんでしたが、六割を超える人が、節分の夜に今年の恵方に向かって、太巻きをむしゃむしゃと食べているのかと思うと・・・なんだかなぁ・・・という気がします。

 しかも、無言でいっきに食べるのがお約束とか・・・それ、けっこう滑稽な姿じゃないでしょうか?「笑いながら食べる」という地方もあるようですが・・・。

 一方、ちょっと調べてみたら節分に豆まきをする家は4割を下回りそうで、減少傾向にあるとか・・・掃除が大変だからかなぁ?恵方巻のように、すべてのコンビニで大宣伝とかしないからかしらん?

 昔の知り合いに、日本のホワイトデーにマシュマロを贈るという習慣を生み出した人がいました。おかげでマシュマロの認知度は高まり、マーケティングとしては大成功。バレンタインデーのチョコレートも、ハロウィーンの大騒ぎも、みんなマーケティングの成功例でしょう。

 「方角」にこだわるのは平安時代から日本の文化に深く根付いています。出かける方角が悪ければ、わざわざ違う方角へ一旦行ってから遠回りしたり、方違えの神社で祈祷してもらったり・・・

 日本人の心に深く根差した信仰にうまくマッチしたのでしょう。でも、なんだかあざとい感じがして仕方がありませんね。

 どうせなら、ぜひ豆まきもしていただきたいものです。

◎今日の写真は京都の古い町家の明り取りです。窓の無い細長い町家の工夫ですね。

 

盆梅に気を取られえて蝋梅を見逃してしまいました。

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 私は花の中でも蝋梅がとりわけ好きです。花の少ない時期に健気に咲いてくれるし、半透明の黄色の花弁もたおやかで美しい。その香りも心にゆっくりしみ込むようです。

 慈雲寺に赴任したとき、庭の一角に隠れるように蝋梅の木があるのを見つけたときは本当に嬉しくなりました。突然住職になることになったので、本当に心細いときに「ああ、来年この蝋梅が咲くのを毎日見ることができるのだ。」ととても勇気づけられたのです。

 去年も一昨年も、とても綺麗に咲いてくれました。

 しかし・・・・今朝、雪景色を楽しみながら境内を歩いていて、ふと、「あ、蝋梅はどうしたかなぁ・・・」と思い出しました。残念ながら、花は盛りをとおに過ぎていて、乾いた花が枝にしがみついている状態でした。おそらく、今年、この花を愛でた人はいないでしょう(別の木の陰に隠れているので、参道からは見えません)。

 人知れず、今年も綺麗に咲いていたのだと思うと何だか哀れでした・・・・私が蝋梅のことを忘れていたのは、おそらく昨年末に手に入れた盆梅が元旦に数個花を咲かせて以来、毎日一つ、二つとゆっくり開花しているのに心を奪われていたからだと思います。

 新しく手に入れたもの、珍しいもの、新しく知り合いになった人など、新たに自分の人生に登場したものに、人はつい心を奪われてしまいがちです。大事な友達をおろそかにしたり、家族をないがしろにしたり、長年使ってきたものを粗末に扱ったり・・・

 「新しい」ものに興奮していた時が過ぎてしまうと、蝋梅はもう花を散らし、友達や家族が疎遠になってしまったり、大事なものがどこかへ行ってしまったり・・・・

 今日は蝋梅に大切なことを教えてもらった気がします。もちろん、新しい盆梅も大切に育てますが・・・・

◎今日の写真は東山植物園で見た蝋梅です。

「悪気はない」は免罪符ではありません

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 外は今年初めての雪です。朝の英会話早起き会をやっているうちにチラチラと舞い降りてきました。途切れなく降っていても昼間は積もりそうになかったのですが、夜になると気温もマイナスになり、境内は雪化粧を始めました。

 先日、知り合いのAさんと話しているときに、「どんなことを言われたら辛いか」という話題になりました。Aさんは他人の悪口を言わない上品な方です・・・が・・・ついポロリと心の奥から言葉がこぼれ出てしまったのです。

 「そうですねぇ・・・私が苦手なのは『悪気はないのだから』って慰められることかしなぁ・・・」

 誰かの言葉や行動にAさんが不快になったり、辛い思いをしたとき、第三者が「そりゃ、あなたの気にしすぎ。あの人だって悪気があって言ったんじゃないし。」と慰められると、辛さが倍増するのだそうです。

 確かに、「悪気はない」発言なら、それを受け止めたAさんの考えすぎ、早とちり、誤解・・・ということになり、Aさんが素直に受け止めれば、もしくはおおらかに受け止めれば問題はなかった・・・ということになりますよね。

 家庭内のもめごとの時に、特にこの「悪気はない」が出てくるような気がします。「お姑さんも悪気があって言ったわけじゃないから、そう気を悪くしなくても・・・」で問題を終わらせてしまおうとすると、もめごとはけして解決せず、根っこからじわじわと腐ってくることになりかねません。

 追い打ちをかけるように、「あなたの為を思って言ったのに・・・」が加わると、よけいに拗れてしまうことも!

 仏教では、言葉は非常にパワフルなものだと考えています。日本の言霊信仰も同じですね。悪気があろうとなかろうと、言葉が人を傷つけてしまうことは多々あります。一度発せられた言葉の影響力は、「悪気はなかった」などという絆創膏では治らない深い傷をつけてしまうのです。

 Twitterやラインなど、短い言葉で短時間のうちに、十分に考えること無しに発言することが増えています。一度ネットに書き込んでしまえば、もう取り消すことはできません。その恐ろしさを時には立ち止まって考えてみてはいかがでしょう?

 家庭内の会話でもそうです。気軽にやりとりするからこそ、そして気心が知れていると思うからこそ、時にはじっくり時間をかけて、状況や相手の気持ちを思いやってから発言すべき場合もあるのです。

 「悪気はない」という言葉を使ったときには、特に相手の反応に細かく気を配りたいものです。

◎今日の写真は京都の佛陀寺の本堂の荘厳飾りです。

生きることは苦しみを伴う。しかし、仏の教えを聞く稀有な機会も・・・

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 仏教の教えの根本には、「生きることは苦しみを伴う」という深い認識があります。私たちは苦しみ多い生を歩んでいるというのです。しかし、仏教は人の命を「得難いもの」と肯定的にとらえています。

 仏教も古代インドに広くいきわたっていた「輪廻転生」の思想を受け継いでいます。私たちは今まで何度も何度も繰り返し生まれ、死にしてきたのです。その輪廻の中で、人間に生まれる機会はめったにやってきません。大海に浮かぶ小さな木片に、水面に浮かびあがってきた亀が頭を閊えさせてしまうほどの稀有の事態なのです。

 お釈迦さまの教えを聞くことができるのは天界にいる天人と人間界に生まれた人間だけだそうです。私たちは今、大きなチャンスに恵まれているのです。

 『ダンマパタ』という仏典には「人に生まるるは難く、いま生命あるは有り難く、世に仏あるは難く、仏の教えを聞くは有り難し」とあります。

 せっかく人間に生まれたのですから、どうぞ生きている間にお寺へ行き、お釈迦さまの教えにご縁を結んでください。ぜひ、この「有り難い」機会を生かしましょう!

 心が苦しみで満ちているときこそ、仏の教えに出会うチャンスです。命を大切にし、穏やかに生きる智慧に出会えるのです。

 近くのお寺で法話やお説教の会があったら、ぜひ参加なさるのをお勧めします。ほとんどのお寺は檀家さん以外の方も歓迎してくれるでしょう。

 お釈迦様は対機説法といって、教えを説く相手の状況や能力、性格などに合わせてさまざまな説き方をなさったそうです。あなたの生き方に自然に寄り添い、教えを説いてくださる僧侶の方にきっと会えることでしょう。宗派にこだわらずお寺へおいでになるのがおすすめです。

 慈雲寺でも、毎月「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」を開いています。私のお話しは拙いものですが、仏教へのご縁を結ぶきっかけの一つになることができればと願っています。

 1月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は29日の日曜日、10時から行います。もちろん、どなたでも歓迎いたします。

◎今日の写真は名古屋市立水族館でみたクラゲです。私はふわりふわりと泳ぐクラゲを見るのが大好きです。

他人を貶めることで、自分を「上げる」ことはできない。

「侮辱は侮辱を招く。暴力は暴力を引き起こす。有力者が自らの地位を悪用して他者をいじめれば、私たち全員にとって負けになります」

ゴールデン・グローブ賞の授賞式での、メリル・ストリープの言葉です。

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 メリル・ストリープの発言は、トランプ次期大統領の一連の差別や他のグループへの嫌悪を煽るような言論に対する批判のようです。

 人の行為の中で最も醜いものの一つは、他を貶めて自分を「上げよう」とすることです。「〇〇国人は〇〇だ。」と決めつけ、「それに比べて日本人は優れている」というような考え方です。もちろん日本には優秀な人はたくさんいるでしょう。しかし、それは発言者が優秀かどうかとは無関係です。〇〇国の人にも優れた人はたくさんいるはずですし・・・他人を差別したり、蔑んだりしても、自分の価値が上がるわけではありませんから。

 他を侮辱しても、侮蔑が返ってくるだけです。恨みを恨みでは解決できません。暴力を暴力で圧倒しようとしても、根本的な解決にはならないのは、今も各地で起きている紛争を見れば明らかです。

 アメリカがトランプ大統領のもとで、どのようは方向に進むのかまだ不透明なところはたくさんありますが・・・アメリカの国民が彼の扇情的な言動に惑わされないことを祈らずにはいられません。

◎今日の写真は大阪の阿倍野区で見た写真館の看板です。なんだか、この写真屋さんで記念写真を撮って欲しくなりますね。