慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

6月7日の満月の夜から、「満月写経・写経の会」を再開します。夜7時半より、お月見を兼ねてゆるやかな気持ちで写経します。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。体調の管理とマスクの着用をお願いいたします。

「満月写経の会」(6月7日)から再開します

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 新型コロナの問題はけして終わりが近づいたわけではないと思います。油断は禁物でしょう。しかし、心の中に積み重なったものをこれ以上抱えてしまうのも問題だと思うようになりました。

 そこで、満月の美しい光を浴びて、穏やかな心で写経をする「満月写経の会」を再開いたします。この写経の会の参加者は多くても10名ほどですし、公共交通を使っておいでになる方も少ないので、このことから始めてみようと思ったわけです。

 もちろん、参加くださる皆さまには、体調に気を付けていただきたいですし、私の方の体調も万全な時に限ります。

 飲食はまだ避けたいので、紙コップとペットボトルのお茶ぐらいしかご用意できませんが・・・・

 社会のありかた、生活の仕方、人間関係・・・さまざまなことが急激に変化している今こそ、大乗仏教の教えのエッセンスともいえる『般若心経』にご縁を結んで下さい。

 『満月写経・写仏の会』6月7日夜7時半より

 写経に必要な用具は全て用意してありますので、お気軽にご参加下さい。どなたでも歓迎いたします。

百箇日法要にあわせて「偲ぶ会」をひらいてはいかがでしょう?

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 新型コロナウイルスの問題が始まってから、葬儀も密葬のように少人数の近親者だけで行うということが増えているようです。会食もなく、火葬場からすぐに初七日を行って、四十九日も省略・・・という例も聞いています。

 先日、慈雲寺の近くの旧家の御当主が亡くなりました。家族だけで葬儀が行われたのですが、格式のあるお家柄だけに、たくさんの僧侶が招かれ厳粛な儀式が行われました。

 しかし、その後、あちこちから「お別れができなくて、とても心残り。こんな時だからお線香をあげさせてもらいにお宅に伺うのもはばかられる・・・」と哀しそうな声を聞くようになりました。故人は、長年地域に貢献した方ですし、広い年齢層で友人の多い方だったからでしょう。

 そんなときにおすすめしているのが、百箇日の法要にあわせた「偲ぶ会」です。百箇日は、四十九日と同じ規模で行う葬送行事です。今はほとんど行われませんが、私はこの「百日」という期間はとても大切なものだと思っています。

 

 百箇日の法要は「卒哭忌」とも言われます。嘆き悲しむのを卒る(やめる)という意味です。嘆きの日々に区切りをつけて、日常生活にもどるきっかけと言っても良いでしょう。もちろん、近しい人を失った哀しみから完全に抜け出せるわけではありませんが・・・

 

 以前にも書きましたように、故人が何歳であっても、家族以外の人々との縁がなくなるわけではありません。故人との別れを悼む人は、家族が思っている以上に多いものです。現在のように、「お線香をあげさせてもらいに故人の家を訪ねる」というのが難しい場合には、ぜひ百箇日に合わせて「偲ぶ会」を開くことを考えて下さい。

 お寺に集まって、短い法要をしてもらい、お茶とお菓子で故人を偲んで茶話会のようなものをするというのはどうでしょう。できれば、それぞれの人が故人とのご縁やエピソードを話すのがおすすめです。

 

 この偲ぶ会のイメージは、カナダにいたころに出席したキリスト教会の葬儀です。お別れの礼拝が終わると、参列者が次々と前に出て、故人との思いでを語ります。順番も決まっていないし、だらだらと話す人もいません。葬儀には、故人の家に新聞を配達していた少年から、バラの栽培を趣味とする仲間、仕事の同僚、小学校の同級生など、さまざまな人が、さまざまな思い出を語るのです。

 家族の知らない故人の姿も語られて、これが遺族にとって大きな慰めになるのはいうまでもありません。

 偲ぶ会はいつ開いても、誰が主催しても良いでしょう。場所をお探しでしたら、きっと、協力してくださるご近所のお寺を見つけることができるでしょう。お寺なら、祭壇などを改めて設ける必要はないし、大勢でも大丈夫。慈雲寺を利用して下さるなら、もちろん、喜んでお手伝いさせていただきます。

◎今日の写真は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州北部にあるベア氷河です。

浄土系の宗派では「中陰」をどう考えるか Part4

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  慈雲寺は伝統的な意味での檀家のいないお寺ですので、お葬式をたのまれることはめったにありません。しかし、ここ数年、不思議なご縁で葬儀を行わせていただくことが増えてきました。そのたびに、「中陰」の意味や意義についてできるだけ丁寧にお話させていただくように心がけています。

 そうすると、「では、中陰の間、七日ごとにお寺にお参りに来ても良いですか?」と言って下さる方もあって、毎週、短い法要と少しお話をさせていただいています。この習慣が広がっていくと良いと思っているところです。

 

 さて、Part4のテーマは、ももはなさんからご質問のあった「死産をした子供は往生するのか?」という問題を考えてみましょう。

 Part3でお話したように、慈雲寺が属する浄土宗西山派西山浄土宗)では、「阿弥陀仏がなぜ阿弥陀仏になられたのか」という所以を聞かせてもらい、「ああ、そうだったのか。私は阿弥陀仏に願われている身の上なのか」と領解(りょうげ)することが、重要なポイントになると考えています。

 ですから、阿弥陀仏のお慈悲や願いを聴くチャンスのなかった水子や死産した子供は、今生での成仏はかなわないことになると思います。

 しかし、だからこそ、丁寧に供養し、残された遺族が全力で廻向することをお勧めしたいと思います。次に生を受けたときに、阿弥陀仏のお慈悲を聴けるチャンスを得ることを願ってあげて欲しいと思うのです。そのことは、遺族が子どもを亡くした哀しみに向き合い、受け入れていく助けにもなると思います。

 

 少し似たような議論はキリスト教にもあります。カトリックでは子供が生まれるとすぐに洗礼を受けます。しかし、プロテスタントの多くの宗派では、教えを理解し、自分の意志でキリスト教徒になることを選ぶことが出来るようになるまで、洗礼をすべきではないとしています。

 キリスト教では、チャンスは一回だけ。生きている間に洗礼を受け、キリスト教徒にならなければ、天国への道は閉ざされてしまいます。それだけに布教に熱心になるもの当然でしょう。

 仏教ももちろん布教を重要視しますが、今生でチャンスを逃しても、輪廻していけば、またチャンスはめぐってくる。すべての衆生はやがて極楽に行くのです。とはいえ、何度も苦しみの輪廻を繰り返すより、今生で阿弥陀仏のお慈悲を聴かせてもらい、すぐに極楽に往生するのがベストなのは言うまでもありません。

◎今日の写真は、カナダのノースウエスト準州でみたオーロラです。亜北極圏に住む先住民のいくつかの部族は、オーロラの彼方に一種の浄土があって、先祖たちはそこで楽しく遊んでいるという伝説を持っています。

浄土系の宗派では「中陰」の意味をどう考えるか? Part3

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  今日の桶狭間はすっかり夏でした湿度はまだ低いので、気温が高くても陰に入れば涼しい風が吹いてきました。私が30年以上過ごした町の真夏はこんな感じでした。その町だったら、「今日は真夏真っ盛りの日だったねえ!」と言い合うところです。なので、今日の写真はオーロラ。涼しさを先取りして下さい。

 

 今日は、先日お葬式をさせていただいたH家の中陰三七日の法要でした。ご兄弟でお寺に来ていただいて、毎週短いお経をあげさせていただいています。

 最近は葬儀会館で葬儀をすると、火葬が終わるとすぐに初七日の法要をしていまいます。遠くから出席する人に、またすぐ集まってもらうのは・・・という気持ちはわかるのですが、初七日を収骨のすぐ後にするというのはどうでしょう?

 私は、初七日の法要の中で、読経だけではなく、戒名に選んだ言葉の意味を説明したり、中陰の意味をゆっくりご遺族に説明したりしたいのです。しかし、通夜から告別式、火葬と過ごしてきた遺族は、火葬場から戻るころには心身共にくたびれ果てているのではないでしょうか?そんなときにお説教が耳に入るのか疑問です。

 やはり、本当の初七日の日まで待った方が良いと思うのですが・・・

 

 さて、私は初七日の法要の時に、一般的な中陰の説明(このブログのPart1に書いたような説明)と、慈雲寺が属する浄土宗西山派西山浄土宗)の解釈の違いを比べながらお話します。

 法然源空上人(法然上人)には、優れた弟子がたくさんいました。浄土真宗親鸞聖人や、浄土宗鎮西派の弁長上人が有名ですが、法然の晩年の最も円熟した教えを直接受け継いだのが善慧房證空上人です。證空は法然の死後、京都の西山にある現在の三鈷寺に拠点を置いて布教したので、にしやまの上人とかせいざん上人とか呼ばれるようになりました。

 證空は、極めて論理的な思想家で、師の教えの「他力」を徹底した人です。

 阿弥陀仏は、法蔵菩薩の時に、「すべての衆生をなんの条件も付けずに極楽へ迎え取る」という誓い立てて修行に入りました。法蔵菩薩は48の願を立てて、その全てが成就しなければ仏にならないと誓ったのです。

 そして、その四十八願は完全に成就されたので、阿弥陀仏となられているのです。

 阿弥陀仏の成仏と衆生の極楽への往生は、同時に発生して切り離すことはできません。すでに阿弥陀仏に願われている身の上なのに、私たちが輪廻を繰り返してきたのは、私たちの「業」が邪魔してきたからと言ってよいかもしれません。外には広大な青空が広がっているのに、戸も窓も締め切って、暗闇の中で怯えているのが私たちです。

 それを憐れんで、お釈迦様が「法蔵菩薩阿弥陀仏になられた所以」を説いてくださったのです。お釈迦さまの教えを聞いて、「ああそうだったのか。私たちはこの身このままで阿弥陀仏に救いとられているのか」と領解(りょうげ)したとき、思わず口からこぼれでるのがお念仏だと證空は教えています。

 お念仏をする”から”救われるのではないのですね。

 

 阿弥陀仏が、阿弥陀仏になられた願い、ゆえんを聞かせてもらうだけで良いのです。それはまるで、豊かな土にまかれた種に水が注がれるようなものです。種のまま輪廻してきた私たちが、いよいよ発芽し、花が咲くのです。

 

 近しい人の死は、深い悲しみをもたらすものですが、人生の真の姿、命の現実と向き合う大切な機会でもあります。中陰は、縁者が集まって慰めあい、励ましあいながら、命について考え、仏教と出会い、人生を新たに歩み出すためのものです。

 単なる儀式ではなく、仏の教えに出会うための機会と考えて下さい。廻向は、遺族から故人へだけではなく、仏や菩薩となった故人からも廻向されている両方向のものなのです。

 西山派では、阿弥陀仏のいわれを「聴く」というのが非常に重要ですから、生きている間に仏法と出会うことが何より大切なのです。中陰は、「仏法との出会い」という、故人から遺族への大切な贈り物と考えても良いのではないでしょうか。

 仏法を聴けるのは人間と天人だけ。せっかく人間に生まれてきたのですから、この機会を大切にしたいものです。すべての衆生は最終的には皆、極楽へ救いとられます。でも、せっかく人間まれてきたのですから、今生で極楽へ行きたいものですよね。

 

◎ももはなさんから、死産した子供などは往生するのか?という質問をいただきました。これについてはPart4でお話します。

浄土系の宗派では「中陰」の意味をどう考えるか? Part2

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  すべての衆生、生きとし生けるものは六道の間を繰り返し輪廻していく・・・という信仰はインドに古代から伝わるもので、仏教でもその考えを受け入れました。人がなくなると、最長で49日の間に次に輪廻転生していくところが決まると考えられています。

 しかし、仏教はこの輪廻を「苦の繰り返し」と考えます。地獄はもちろんのこと、たとえ天人に生まれたとしても、六道のどこで生きても、生きることは「苦」だととらえるのです。仏教は、お釈迦様がお示しになった修行を積み重ねることによって悟りを得、この輪廻から抜け出ることを最終的な目的としています。

 しかし、末法の時代に生きる私たちは、自力で悟りを得られるのはほぼ不可能といってよいでしょう。それを憐れんだ阿弥陀仏が極楽という「ごく楽に修行のできる場」を用意して下さったのです。阿弥陀仏は何の条件もつけずに、極楽へ私たちを迎え取って下さいます。

 

 では、浄土宗の鎮西派、西山派、浄土真宗時宗など、いわゆる「浄土系」といわれる宗派の人々は、「中陰」をどう受け止めているのでしょうか?

 

 同じ浄土系でも宗派によって「中陰」のとらえ方は一様ではありませんが、「中陰の法要は不要」とはっきり言っている宗派はないようです。

 以前、このブログにも書きましたが、浄土系の宗派の中でも、「往生の正因」、つまり何によって私たちの極楽往生が起こるのかについての考え方が、それぞれ特徴があります。

 例えば、京都の知恩院を総本山とする浄土宗鎮西派では、「念仏正因」を説きます。阿弥陀仏衆生の往生のために、念仏を選んでくださったのだから、真剣に、できるだけ多く念仏することに意義があるとする教えです。

 この考え方からすると、念仏をたくさんすることに意味があるのですから、中陰の間、できるだけたくさんのお念仏を称えて亡くなった人に廻向していくことに、大きな意味があるように思えます。

 

 一方、浄土真宗では、往生の正因は信心にあると教えています。阿弥陀仏の救いを深く信じることによって救われていくのですから、生前にしっかり信仰の導きにあっていることが大切です。ですから、浄土真宗では、「聞法」、つまり僧侶のお説教を聴いて、信仰心を養っていくことが大切です。「聞法」を通して、阿弥陀仏から信仰をいただくと言っても良いでしょう。

 信心をいただいている人は、息を引き取ると同時に、ただちに極楽へ往生するのですから、中陰の法要は「往生のためには不要」といって良いでしょう。しかし、中陰や、その後の法要は、遺族や縁者たちが、僧侶のお説教を聴き、仏語であるお経を聞かせてもらう大切な機会です。仏様から私たちが廻向されていると考えても良いでしょう。(つづく)

 

浄土系の宗派では「中陰」の意味をどう考えるか Part1

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 5日ほど前、このブログにももはなさんが質問を書き込んで下さいました。それが「浄土系三派では、49日の意味ってなんですか?」というものでした。

 ももはなさんは、いつも鋭いコメントややっかいな(?!)質問をして下さる有難い読者です。「49日」の意味というのも、あらためて説明を求められると、実はとても難しい質問なのです。

 ところが、ここ数日、「慈雲寺でお葬式としてください。」と頼んでくださった方が、なんと二組もあったのです。慈雲寺は伝統的な意味での「檀家」はないので、お葬式を頼まれることは年に数回、あるかないかです。数日のうちに二回もお葬式を務めさせていただいたのは、私が慈雲寺に赴任してから、もちろん初めてのことです。

 火葬場からご遺骨が斎場に戻ってきてから、初七日の法要をするのですが、その時に中陰のお話をさせていただきました。私はどの宗派の僧侶も、初七日の法要の時に、中陰の意味や意義についてお話すると思っていました。ですから、ももはなさんにご遺族が質問するって・・・どうしてなのでしょうね?僧侶からは何の説明もなかったということでしょうか・・・う~ん・・・

 

◎中陰(中有)とは

 中陰の意味や意義について、各宗派で説明の仕方が違います。それは「輪廻」や「悟り」に関する考え方の違いです。

 一般的な説明としては、人が亡くなると、7日ごとに、その人の生前の行いについて裁判が行われます。裁判官で一番有名なのは閻魔さまですね。この方は五七日にとうじょうすると言われています。

 この裁判の時に、亡くなった人にとってできるだけ良い判決が出されるように、遺族が集まって法要を行い、その功徳を亡くなった人に廻向するのです。

 最長49日間、7日ごとに区切りがあり、そのいずれかで次に輪廻していく場所が決まっていきます。地獄などに落ちることなく、できるだけ「楽」の多い場所、理想的にはお浄土へ往生できるように、遺族が全力で廻向し、亡くなった方をサポートするのです。

 自力で悟りを求める宗派では、今生で悟りを開くことができなかったならば、より悟りの近い状況に生まれ変われるように・・・というのが一つの目標です。例えば、僧侶として生きられるような状況に生まれるとか、それ以前に人間に生まれるとか・・・なかなか先が長い話ですから、しっかりした応援(廻向)が必須ですね。

 でも、49日でもう次の輪廻先が決まっているのだとしたら、一周忌や三回忌などの、年忌法要の意味は何なのでしょう?禅宗の方々などの解説を聞かせていただくチャンスがあれば嬉しいですね。

 

◎浄土系の宗派における中陰の考え方

 さて、浄土系の宗派では、中陰をどうとらえているのでしょう。浄土系の教えでは、基本的に亡くなった時点で、阿弥陀仏が極楽に迎え取って下さるので、遺族の廻向があろうがなかろうが、すでに極楽に往生しているわけです。

 慈雲寺が属する浄土宗西山派西山浄土宗)では、さらに徹底した他力のとらえ方をするので、法蔵菩薩阿弥陀仏になられたと同時に、衆生の往生は決定(けつじょう)してると領解(りょうげ)しています。ですから、こちらから用意するものは何もない。

 では、廻向は不要なのでしょうか?廻向の意味が違うのでしょうか?(つづく)

 

 

出家を考えて下さっている方へ Part3 -私の場合(2)-

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 北米の大学院では、修士レベルなら「どれほど新鮮な視点で問題を探し出せるか」という点を高く評価してくれます。その着想にきちんと裏付けを取り、より深く掘り下げていかれるかどうかが、その後の研究者として進むべき道への扉となります。その場合、鍵になるのは集中力です。

 残念ながら、私は着想は多少ユニークでも、掘り下げる能力が決定的に弱い。集中力がなさすぎるのは人間として情けないですが、研究者としては致命的な弱点です。これは、仏教の修行者としての資質にも大きくかかわってきます。修士論文に取り組んでいく間に、自分の能力欠如や性質といやでも向き合わなければならなかったという経験は、その後の私の生き方に大きな影響を及ぼしました。

 大学院をなんとか修了した私は、そのままカナダに残り、フリーランスの記者や通訳の仕事などで暮らし始めました。当時、北米では「ZEN]が大ブーム。日本から僧侶が何人も来て接心や講演会を行っていました。私はときどき、そうした「宗教イベント」の通訳に呼ばれたのです。

 何人もの僧侶のお手伝いをするうちに、2人の僧侶から「出家しないか?」と勧められました。私の資質を見たというより、通訳のできる弟子が欲しかっただけだったのかもしれません。禅宗の修行に集中力は不可欠であることは容易に想像できましたから、せっかくのお誘いは「縁」とはならず通り過ぎていきました。

 

 慈雲寺の属する浄土宗西山派西山浄土宗)には、海外寺院が一つだけあります。その寺院がオープンしたとき、私は新聞記者として取材に派遣されました。不勉強な私は。法然源空上人(法然上人)の高弟に善慧房證空という人がいたことを知りませんでした。法然から證空へ受け継がれた教えのことも、もちろん全く知りませんでした。

 しかし、インタビューに応じてくれた橋本随暢という僧侶は、洗練された宗教者という印象ではなく、素朴で、心の温かさと豊かさが声に現れているような人でした。

 随暢上人は、インタビューの途中で、私が比較宗教学をかじったことを知ると、急に話題を変え、しばらく世間話のようなことをしたあげくに、「あんた、お坊さん向いてるよ。日本においで、得度させてあげるから。」と言い出したのです。

 その時の私は、禅宗の僧侶に勧められた時と同じように、曖昧に笑って話をそらしてしまいました。しかし、何か前とは違う気持ちが湧いてきました。取材が終わると、私はそのまま母校の図書館へ行き、證空について調べ始めました。證空が法然から受け継いだ教えは、弁長上人や親鸞聖人の受けとめ方よりも、ずっと理詰めでクリアな印象を受けました。その時、私は西山派の教えに「はまって」しまったのかもしれません。

 私は翌日から、仕事をはじめとする身辺整理をはじめ、数か月後には随暢師の住む和歌山県へ向けて旅立ちました。別段「大きな決意」をしたわけではありません。「出家するぞ!」と勢い込んだわけでもありません。

 私を動かしていたのは、法然と證空という子弟の教えへの興味、好奇心でした。

 まさに「ご縁が動き出した」というしかありません。