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慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

5月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は5月28日(日曜)の10時より行います。テーマは「仏舎利信仰の歴史」です。慈雲寺で最近発見された仏舎利の御開帳もいたしますので、ぜひご縁を結んでください。どなたでも歓迎いたします。

慈雲寺で「仏舎利」が発見されました!!

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 先日、弘法大師様の御正当だったので、お大師様の御像のお身拭いをさせていただきました。お像を壇からおろし、お参りの方々と御一緒に御像を磨いたのです。すると!とても不思議なことが起きました。

 お大師様をお祀りしていた壇の後ろから高さ5センチほどの小さなガラス容器が出てきたのです。こんなものがあるなんて、今まで全く気が付きませんでした。

 そのガラス容器の蓋と台座が蓮の細かい細工がされています。容器の中に3段の小さな仕切りが作られていて、そこに何か、小さな、小さな丸い粒が・・・

 「あ!仏舎利だ!」と思ったとたん、あまりに驚いたので、ガラス容器を落としてしまいそうになりました。

 お釈迦様のご遺骨を拝む信仰は仏教の歴史の初期に既に存在していました。お舎利を祀るため、金や銀、水晶などで美しい舎利器が作られてきました。

 名古屋には、タイの王様から贈られたお舎利を祀るために、日本の仏教界が力を合わせて建立した日泰寺というお寺があります。

 また、日本の仏教系の新宗教の中には「お釈迦様の御真骨をお祀りしています」と大々的に宣伝して、その宗教団体の権威を高めようとしている(??)ように見えるものもあるようです。

 仏舎利と言われているもののほとんどは、小さな石の粒のようです。しかし、それを信仰の対象として大切にする舎利信仰は、木や金属でできた仏像を仏様として拝み大切にしていくのと変わりはないでしょう。

 仏像や石の粒の舎利は「仮」のものですが、それをよすがにしてお釈迦様や阿弥陀仏への思いを寄せるとき、それは「真実」と重なるのです。まさに「真仮一如」です。

 慈雲寺の仏舎利は、いったいどこからもたらされたものか全く記録がありません。先代様、先々代さまから慈雲寺とご縁のある方に伺っても、慈雲寺にお舎利があることなど聞いたことがないそうです。

 もしかしたら、秘仏として隠されていたのかも??

 でも、こうして「顕現」なさったのですから、みなさんにも拝んでいただこうと思っています。

 来月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は5月28日(日曜)10時より行います。テーマは仏舎利信仰の歴史を少し振り返ってみたいと思います。

 どなたでも歓迎いたしますので、ぜひ参りください。

 

 

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は23日10時より。テーマは「仏教の教える‟生きがい”について考える」です。

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 今月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、仏教が人の‟生きがい”や生きる目的というものをどう教えているのかを改めて学んでみましょう。

 私たちは、長い間、輪廻を繰り返し、今、ようやく人間に生まれました。この稀有の機会をどう生かしていくのか、また、私たちは何を生きがいにして日々を過ごしていくべきなのでしょう。

 「生きがいのある暮らし」というのは幸せな生き方の基盤です。お金を増やすことやたくさんの物に囲まれた暮らしが生きがいになってはいかないことを私たちは経験で知っています。

 では、お念仏で生きがいのある暮らしを育むことができるのでしょうか?

 御一緒に考えてみましょう。どなたでもお気軽にご参加ください。

◎今日の写真は、カナダの最東端にあるニューファンドランド島でみた織物です。島の人々の穏やかな暮らしが描かれていますね。

 

 

 

如実知自心 -弘法大師のお言葉ー

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 今日は弘法大師の御正当日(旧暦の3月21日)でした。昨年から、御正当日には慈雲寺にお祀りしてあるお大師さまの御像を床に降ろし、参拝の方々にお身拭いをしていただいています。

 今日も10名ほどの方がお参りに来てくださり、さまざまな思いを込めてお身拭いをなさっていました。

 特に、体の不調に悩んでいる方や、新たに難病にかかっていることが明らかとなった方もおいでのようでした。弘法大師とのご縁を深めることで、こうした心身の不調を乗り越える気力を受け取っていただければと願っています。

 法要の後は、みんなでお茶をいただきながら、いろいろなお話しをするのが楽しみです。来年も御正当日(旧暦の3月21日)にはお身拭いをいたしますので、ぜひお参りくださいませ。

 また、弘法大師は本堂の向かって左手の壇にお祀りしてありますので、本堂の扉が開いているときは、いつでもご自由にご参拝くださいませ。

 さて、今日の法要のために、弘法大師が残されてお言葉を集めた本を読み直してみたのですが、どれも心に強く響くものでした。なかでも今回特に印象に残った言葉が

如実知自心

でした。「自らの心をありのままに知りなさい」という教えでしょう。自分自身の心をありのままに見て、知ろうとするのは、けして簡単なことではありません。「自分探し」などと言う言葉が流行したこともありますが、自分の本質に向き合う、本当の姿を探しあてるのは、勇気のいることですから・・・

◎今日の写真はカナダのブリティッシュコロンビア州の北部で見た野草です。

 

4月17日に弘法大師さまのお身拭いをいたします。

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 旧暦の3月21日は弘法大師さまの御正当です。太陽暦でいうと、今年は4月の17日にあたります。慈雲寺には、不思議なご縁でお大師様のお像が祀られています。

 慈雲寺は今は名古屋市の南端に位置していますが、もともとは知多郡知多半島のいわば付け根にあるのです。知多半島は「知多四国」で知られる巡礼地。お大師様への信仰の篤いところですから、慈雲寺のお大師様もそうした知多の宗教的な環境のご縁で慈雲寺においでになったのだと推測しています。

 知多四国の巡礼地のお寺にお祀りしてある弘法様は、ぞれぞれお姿や雰囲気が違いますが、慈雲寺のお大師さまは、非常に若いときのお姿なのが特徴です。中国で密教を学ばれて帰国なさった直後のお姿では?と、私は勝手に想像しています。

 さて、ご正当日には、このお像を壇から降ろし、お身拭いをいたします。若々しいお大師様と近しいご縁をぜひ結んでください。普段使っていらっしゃるハンカチや手ぬぐいなどを洗ってお持ちになるのがおすすめです。もし、どなたかの代わりにお参りになるのなら、その方が普段身に着けているハンカチなどをお持ちください。

 身体で特に心配な部位を丁寧にお身拭いし、御利益を受けてください。

4月17日10時より短い法要とお大師様のお話しをいたしますが、お身拭いは日中、いつでもしていただけます。綺麗な布や息がかからないようにするマスクなどを用意しておきますので、どうかお気軽にお参りください。

◎慈雲寺への公共交通によるアクセスのご案内
 申し訳ありませんが、慈雲寺には十分な駐車場がありません。なるべく公共交通を使っておいでくださいませ。
 名鉄有松駅前から、「有松12番 有松町口無池行き 地蔵池経由」に乗ってください。日曜の9時台は二番乗り場から9時07分と36分に発車します。これらのバスに乗り、郷前(ごうまえ)の停留所でお降りください。そのまま道なりに進むと郷前の交差点に出ます。角に鍼灸院があり、その右手の細い坂道を上がると慈雲寺の屋根が見えてきます。
   また、時間はかかりますが、地下鉄の鳴子北駅から出ている「鳴子13番」のバスも郷前に停まります。日曜は8時45分にバスが出ます。
●栄のバスターミナルからは森の里団地行きのバスが一時間に一本出ています。この場合は、郷前の停留所から道を戻って郷前の交差点に行ってください。日曜は8時50分発があります。所要時間は約40分
●JRの大高駅から緑循環バスの名鉄有松行で郷前に行くことができます。日曜は8時44分と9時44分に出発します。9時台のバスですと10時の開始時間には少し遅れますが、あわてずにおいでください。
●また、同じ緑循環バスの名鉄有松行は南大高駅東にも停車します。9時9分発です。
●JRの共和駅からタクシーで5分。市バスはありません。「郷前の交差点近くの慈雲寺」とおっしゃってください。慈雲寺を知らないタクシーの運転手もいますので、その場合は郷前の交差点の鍼灸院で降りてください。鍼灸院からお寺の屋根が見えます

◎今日の写真は、カナダのブリティッシュコロンビア州北部にあるサーモン氷河です。

一日に六度の読経が本来の僧侶の暮らし

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 一年前の4月14日の夜、9時26分、熊本大震災の最初の大規模な地震が起きました。昨夜、この震災で犠牲になった方々のために、9時を過ぎてから読経を始めました。一人で夜が更けてから読経するのは久しぶりでしたが、犠牲者の方々や残された家族の方々の哀しみを思うと、いつもの勤行とはかなり心持ちが違いました。

 多くの寺院では、一日の勤行は朝だけで済ませてしまうようです。夕方に本堂を閉めるときに読経されるお寺もあるかもしれませんが・・・

 先日ある方が、「イスラム教徒の人は一日に何回もメッカへ向かって礼拝しなくてはならなくて大変ですね。」という話をしていました。しかし、本来は仏教の僧侶も一日に六回、礼拝をすることになっているのです。「六時礼讃」といって、一日を六つにわけて、それぞれ仏様を礼讃する儀式が決められているのです。

 私の兄弟子の一人に「どんな暮らしが理想的ですか?」と聞いたら「六時礼讃を忠実にまもって暮らせたらいいね。」とニッコリされたことがあります。う~ん・・・静かな山の中で念仏三昧の暮らしも良いかもしれません。

 これかも時々、夜が更けてから読経をしてみようと思います。あ、あんまり深夜になってからだとご近所迷惑かな?

熊本大地震の犠牲者を悼んで、今夜(14日21時15分より)、慰霊法要をいたします。

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 熊本を中心とした大規模な地震が発生してから一年がたちました。建物の倒壊から、地震に起因する豪雨災害まで、250人を超える方々が命を失い、今も4万7000人以上の方々が避難生活を余儀なくされていると今朝の新聞は伝えています。

 あの美しい熊本城は、今も石垣が崩れたままで、屋根から落下した瓦が周囲に散乱しているそうです。慈雲寺が属する浄土宗西山派西山浄土宗)の寺院でも、被災したところがあり、復旧はなかなか難しいと聞いています。

 お寺だけが被害にあったのならともかく、檀家の方々も被災しているわけですから、お寺の復興に協力するのはなかなか大変でしょう。同じお説教師の仲間のお寺もその一つですが、先日その方にお会いすると、「自分の家のこともだけれど、お寺も大事・・と言って助けてくれる檀家さんが多くて、本当にありがたい。」と涙ぐんでいました。

こうした危機的状況の時こそ、普段からの、お寺と檀信徒との関係の深さが大事になってきますね。自分たちのお寺、自分たちの生き方にとって欠くことのできないお寺という気持ちになっていただけるように、ご縁を深めていくことが大切でしょう。

 今夜は地震が発生した21時26分に、犠牲者の方のために短い慰霊法要をいたします。

 どなたでもご参加下さいませ。

4月17日に弘法大師さまのお身拭いをいたします。

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 旧暦の3月21日は弘法大師様の御正当日です。普通に言えば祥月命日ということなのですが、弘法大師はお亡くなりになったのではなく、今も高野山奥の院で、深い禅定(瞑想)に入られたまま生きておられると信じられていますので、「命日」というのは正しい表現ではないかもしれませんね。

 真言宗の方はどのように説明なさっているのでしょうか?真言宗の僧侶のお友達に伺ってみましょう。

 さて、慈雲寺では、毎年この御正当日に弘法大師様のお像を壇から降ろし、参拝の皆様と御一緒に御身拭いをさせていただいています。

 慈雲寺のお大師様は、密教の教えを日本に紹介するために中国からお帰りになったばかりのころの若々しいお姿です。お肌もつやつや、目もキラキラ。エネルギーに満ちている感じです。どうぞ、お身拭いをなさって、お大師さまとのご縁を深めてください。

 特に、どこか体の不調のある方にお勧めいたします。

 当日は10時から短い法要と、お大師様の教えについて少しお話しをいたします。

 お身拭いは一日中、体験していただけますので、本堂が開いている間は、どうぞご自由に中に入り、ご縁を結んでください。

 清潔な布や、お大師様に息がかからないようにするマスクなどもご用意いたしますが、ご自分のものをお持ちいただいても結構です。当日、来られない方の代参をなさる方は、その来られない方が日ごろ使っているハンカチなどをきれいに洗ってお持ちください。

◎今日の写真は琵琶湖を南側から眺めたところです。