慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

2月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、2月19日(日)10時より行います。テーマは「祖師たちの考える<老いと死>です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。

冬の月も良いものです・・・満月写経の会のおさそい

冬の月は格別な美しさで輝きます

 

 先ほど空を見上げたら、ふっくらと丸みをおびた月が出ていました。満月まであと二日です。

 慈雲寺では、毎月満月の夜にお月見を兼ねた写経の会を催しています。

 今月は2月6日が満月です。夜7時半より、『般若心経』の読経を行いますが、早めにいらして写経を始められても結構ですし、遅くなってもかまいません。

 毎月少しずつ『心経』の内容についても学んでいきます。

 写経に必要な用具は全て揃っていますので、手ぶらでおいで下さい。ただし、筆ペンを使いますので、毛筆で写経なさりたい方は、ご自分の用具をお持ち下さい。

 

 写経は字の上手下手は全く関係ありません。初心者の方にも気軽にご参加いただけます。

 慈雲寺には十分な暖房の用意がありませんので、暖かな服装でおいで下さい。特に靴下は二枚重ねがおすすめです。

◎慈雲寺へのアクセス

 慈雲寺には十分な駐車場がありませんが、満車の場合は玄関にお声がけください。近くの無料駐車場をご案内します。

 市バスはJRの南大高駅1番乗り場から「鳴海12 有松町口無池行」があります。

 また、名鉄の有松駅からは2番乗り場から「有松11 有松町口無池行」があります。

 地下鉄の鳴子北駅の3番乗り場から有松口無池行も利用できます。

 時刻表その他の市バスに関する情報は市バス | 名古屋市交通局 (city.nagoya.jp)をご覧ください。

 いずれの路線も「郷前」(ごうまえ)で下車してください。郷前の交差点の南東角に整骨院があります。その後ろに慈雲寺の屋根が見えます。整骨院の右手に狭い道がありますので、そこを上がってください

転んだら、ゆっくり起き上がれば良い

デスバレーで見た、サボテンの花です。青いそらと良く合う美しい花でした。

 

 私はスリッパを履くのが苦手です。うまく歩けなくて、躓いてしまったりしがちだからです。特に、お説教などでお寺に行くと出して下さる金襴のスリッパは、お断りするのも難しく、いつも困っています。

 

 先月、ここ10年で最悪の大寒波が日本を覆ったといわれる日、慈雲寺の周辺にも雪が降りました。本堂と庫裏を結ぶ廊下は、外からの風が直接吹き込むので、雪が2センチぐらい積もったのです。スリッパは苦手な私も、靴下が濡れるのが嫌だったので、来客用のスリッパを履き、そろりそろりと歩き始めました。

 片手には魔法瓶、もう一方の手には書類を持ち、「へっぴり腰」という言葉がぴったりの情けない歩き方で、ややスロープになっている廊下を歩き始めました。怖いという気持ちが却って体のバランスを崩したようで、アッというまに滑って転んでしまいました。それは丸で漫画に出てくるような転び方。魔法瓶を廊下にたたきつけるような感じになってしまったので、後で気がついたら中のガラスが完全に壊れていました。

 幸い、頭も腰も強打というほどではなく、魔法瓶で受け身をしたような感じ。でも、しばらく起き上がることができませんでした。

 怪我をしていないことが分かったら、なんだか自分の姿が滑稽で変な笑いが出てしまいます。ここで慌てて起き上がると、それこそ漫画のように、また滑ってしまうことになりそうでした。大きなため息を一つついて、ゆっくり起き上がることにしました。

 

 私たちは人生のなかで、というか毎日の暮らしの中で、何度も転んでしまいます。身体的に尻餅をつくこともあるでしょうが、心が折れて、精神的に転んでしまうこともあるでしょう。

 仏教では精神的な「顛倒」や「挫折」を必ずしも悪いことだとは考えていません。むしろ、さまざまなことの「気づき」のきっかけになると教えています。

 転んだ時は慌てて立ち上がってはいけません。むしろ、自分の心身の状況をゆっくり観察し、時間をかけて起き上がりましょう。走って居たときには見えなかった景色が、地面近くからは見えることもあるからです。

 私も転んだ時に、坪庭の椿が咲き始めているのが見えました。雪が少し積もって本当に美しいつぼみでした。その廊下は毎日何度も行き来していたのに、転ぶまで気がつかなかった・・・・壊れた魔法瓶は残念ですが、悪いことばかりではありませんでしたね。

国際交流の第一歩は宗教的慣習や儀礼への理解

寒い日が続くので、灼熱のイメージの写真をご覧にいれましょう。アメリカのデスバレー。夏になると40度を超える日が続きます。でも、乾燥しているので、影に入れば涼しいですよ。

 

 先日の中日新聞に「技能実習 宗教配慮道半ば」というタイトルの記事が出ていました。「外国人技能実習制度」で日本にやってきたイスラム教徒のインドネシア人の方達が、文化や宗教の違いを巡って、日本人の無理解に苦悩している様子が報告されていました。

 イスラム教徒の女性はヒジャブと呼ばれるベールを着用することが宗教的な義務とされています。また、一日に5回、メッカに向かって礼拝を行ったり、特定の期間に断食を行うことも、イスラム教徒としての大切な宗教的義務であり、「生活」の中の不可欠の行動なのです。

  しかし、私たち日本人は、宗教的な慣習や儀礼に対して、緩やかに考えている人が多いように思います。特定の食物(たとえば豚肉、飲酒、コーヒーなど)を食べることを禁止されている宗教の信者に、「少しぐらいいいじゃないですか。つきあいなさいよ」などと言っているのを見たこともあります。言っている人は、悪気があるわけではなかったようですが、信者の側から見れば最悪のハラスメントです。

 新聞記事によると、ある工場では、機械に巻き込まれるかもしれないからとヒジャブの着用を禁止していたそうですが、現在はベールの種類や着方を工夫するという条件付きで着用が認められているそうです。「機械に巻き込まれるかも」というのは、現実的な危険で、着用を認めないのは当然と考える人も多いかもしれませんが、イスラム教徒にとってはヒジャブを着ないことは「宗教行為の違反」、さらに言えば「神の示した教えへの反逆」にもなりかねません。

 宗教慣習や儀礼を破ることは、多くの宗教にとって、神への反逆、魂の死にもつながる重要な問題です。このことを理解した上で、労働環境を整えていく必要があるでしょう。

 今、私たちは世界からさまざまな宗教の信者を迎えています。外国人労働者を受け入れ、彼らの協力無しには国の産業が回らないという日も近い(もうすでにそうなっている?)。国際協力、交流を円滑に進めるには、宗教的な理解がとても重要です。

 小学生に英語を教えるより、宗教について理解を深める教育に時間を使って欲しいです。その方がずっと国際教育になると思うけど・・・お寺、神社、教会、そしてぜひイスラム教のモスクにも見学に行って欲しいものです。

「布施」はお金ばかりではありません

お布施というとこのような紙包みを真っ先に思い浮かべるでしょうが・・・

 

 今日は、このブログがご縁になって慈雲寺の講座などに参加するようになったという方が、訪ねてきて下さいました。講座の時に、「自分独りでは掃除などが行き届かないので、助けてください」とお願いをしたことを覚えていて下さって、「何かお手伝いできることはありませんか?」と申し出て下さったのです。

 今、慈雲寺には万事に行き届かない私の様子を見かねて、手を貸して下さる方がいらしゃいます。本当にありがたいことです。

 

 仏教徒は、他の人の為にできることをするという「利他」を生き方の基本としています。「布施」というのは、自分の持っているものを他の人に施して、手放すことで利他の修行を行い、執着から離れる修行をすることです。

 「布施」というとお金が第一思い浮かぶでしょう。もちろん、お金を得るためには人は時間も命も使うわけですから、それに対する執着も強いでしょう。それを手放す、喜んで手放す(喜捨)というのはまさに修行と言って良いでしょう。

 しかし、布施はそれだけではありません。他の人のために時間の自らの労働を行うもの立派な布施です。これを「身施」といいます。お寺の掃除を助けて下さるのは、まさにこの「身施」なのです。

 慈雲寺には庭掃除の道具や簡単な剪定用具などを門の所にある倉庫に置いてあります。それを使って、いつの間にか庭木の刈り込みをして下さったり、松の落ち葉を掃除して下さったり・・・・本当にありがたいことですが、お礼を申し上げる機会を失って申し訳ないと思っています。でも、もちろん大歓迎です!!!

 作業の後にでも、一緒に御茶やコーヒーで一服しながら、お話できるのと楽しみにしていますので、ぜひお声がけ下さい。

一年の暮らしは旧暦の方が良いなぁ・・・

 蝋梅が満開です。これからしばらくは慈雲寺の「梅花シーズン」。ま、蝋梅は梅の一種ではないそうですが・・・・

 22日は旧暦(太陰暦)の新年でした。カナダではアジア系の人たちは旧暦で新年を祝うので、私のところにもたくさんメールや電話が来て嬉しく過ごしています。

 庭の白梅も紅梅も「よっしゃぁー!これから咲くぞ!」と花芽がうっすら色づいてきました。

 「初春」というように、春の足音をかすかに感じるときに新年を迎える方が自然だと思います。慈雲寺では、いろいろな仏教行事はできるだけ旧暦でやりたいと思っています。例えば、2月15日はお釈迦様が涅槃に入られた(人間としての生涯を終えられた)「涅槃会」です。もちろん、もともと旧暦で行われていた仏教行事です。

 今でも京都周辺のお寺の多くは、おおむね新暦と一か月違いの旧暦に沿う形で3月15日に涅槃会を行うところが多いようです。正確には、今年の旧暦2月15日は、新暦太陽暦)の3月6日です。慈雲寺では、その日に涅槃会のご供養をしようと思っています。

 新年最初の仏教行事である「修正会」も本当は、旧暦でやりたいところですが・・・

今は新暦、旧暦で行事はごちゃごちゃになっていますが、できるだけ季節の自然な移り変わりに合わせて行いたいと思っています。

 

 今日は「新春」と言っても、ここ10年で最も深刻な寒波が押し寄せているらしい。いつも隙間風ぴゅーぴゅーの慈雲寺では、まったくの平常運転。ま、今夜は貼るカイロを一枚増やして対応しようと思います。

 水瓶が凍結してメダカに被害が出ないように用意してあげねば・・・

 

女性の出家の機会をもっと広く! Part 5 慈雲寺の場合(その2)

 え~慈雲寺の庵主です。立派な尼僧様の像や可愛い尼僧のイラストでは、イメージがしにくいかもと思い、本人登場してみました。

 感想はいろいろかと思いますが、「あら?!こんな感じの人でも尼僧をやれるのか・・・」と思っていただければ幸いです。

 

 慈雲寺が属する浄土宗の西山派(西山浄土宗)は、「修行」という面ではおそらく日本で(世界で?)一番ゆるゆるな宗派です。ですから、厳しい修行で自分を鍛えなおしたいとか、達成感を求めている方には向かないでしょう。

 生き方そのものが修行だと考えて自分で一歩一歩進んでいくというのが、西山派の考え方です。箸や食器の扱いにも細かい作法があり、それを全て決まった通りにやっていくのが修行という宗派もありますから、自分が何を求め、どのような環境が自分にあっているのか事前に考えられればベストです。

 もちろん、何もわからずに”飛び込む”というのも一つのやり方ではありますが・・・

 

 私は仏道を歩むのに焦りは禁物だと思います。興奮状態で飛び込むのもあまりおすすめしません。前にも書いたように、まずは「仏教徒」として歩み始めるのが大切です。

 慈雲寺の場合は、毎月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」や中日文化センターの「尼僧と学ぶやさしい仏教入門」の講座などを聞き、私のことを「師僧」としたいかどうかゆっくり考えて下さい。

 それから、ときどき慈雲寺にたちよって、阿弥陀様と静かに向かい合ったり、私と少しお話をしたり、一緒に掃除したり・・・・そんなことを少しずつやりながら、ゆっくり僧侶の道に入ってはどうかと思います・・・と、ここまで書いたら友人の僧侶が「何のんびりしたこと言ってるの、あなたも年取ってるんだから、早く弟子を取らないとお浄土に引っ越すことになるよ!」とのアドバイスをくれました。

 しかし、私は自分の年齢など気にして弟子をせかすつもりはありません。ゆっくり、じっくり考えていきましょう。

 

 現実的な問題を一つ。慈雲寺は(他の尼僧寺院の多くも)伝統的な意味での檀家がないので、寺院のしての収入は極めて限定されています。ですから、弟子に十分な経済的な援助をしてあげることは困難です。したがって、自分の仕事を持っていることが前提になります。平日は勤務し、土日にお寺のことを手伝ったり、仏教の勉強をしたりできると良いですね。自宅でできる仕事ならさらに理想的です。

 私は僧侶としては欠点が多く、未熟で、とても弟子を育てられるような資質はありませんが、弟子を積極的に受け入れる尼僧寺院が少ない今、なんとか女性の出家を手助けできる場になるよう、今年は力を入れていきたいと思っています。

 仏教徒として歩んでみたいというかたは、まずは慈雲寺や中日文化センターの講座にいらしてみて下さい。お待ちしています。

21日は初弘法。四国八十八カ所のお砂踏みもしていただけます。

日本各地を歩いた弘法大師

 

 21日は弘法大師のご縁日です。慈雲寺は浄土宗西山派西山浄土宗)に属するお寺ですが、弘法大師の御像にもご縁があってお祀りしています。

 慈雲寺の弘法大師像は、弘法様の若い頃のお姿で、目には玉眼が入っており、生き生きとした表情とつややかなお肌で、美肌に功徳のある御大師さまとして知られています。

 

 年末の「終い弘法」と年の初めの「初弘法」には、短い法要を行って、弘法様とのご縁を深めています。

 法要は1月21日10時より行います。弘法様のお言葉をご一緒に学びましょう。

 また、当日は四国八十八カ所から集めたお砂踏みも体験していただけます。四国巡礼をしたのと同じ功徳をいただけると言われていますので、ぜひお参りください。

 お砂踏みは本堂が開いている間なら、一日中体験していただけます。ご遠慮なく本堂に上がってお参りください。

◎慈雲寺へのアクセス

 慈雲寺には5台分ほどの駐車場があります。もし満車の場合は、近くの無料駐車場をご案内しますので、庫裏にお声がけください。

 バスは、大高駅南大高駅、有松駅などからバスが出ています。郷前(ごうまえ)というバス停で下車し、郷前の交差点まで2分ほど歩いてください。交差点南東側に接骨院があり、その後ろに見える大きな屋根が慈雲寺です。接骨院の右側に細い道がありますので、そこを通ってお寺においでください。

 なお、バスの時刻表は、名古屋市交通局の時刻表をご参照下さい。https://www.kotsu.city.nagoya.jp/jp/pc/bus/timetable.htm