慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

10月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、10月16日(日)10時よりおこないます。テーマは「自業自得・・・『業』って何でしょう?」です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

鳴海中日文化センターの秋期講座のテーマは「宗教って何だろう?」です。

 東大寺の大仏殿を守る天部の足元に美しい光が当たっていました。

 

 いつも、なかなか手厳しいコメントを残してくださる「ももはな」さんが、「統一教会の問題を宗教界がどう受け止めているのか」に興味があると書いた私のブログの記事に対し、「どう受け止めているかじゃなくて、住職がどう受け止めて、どう行動するかだと思うよ(^^)/」というコメントを書いて下さいました。

 やれやれ、まさにご指摘の通りです。

 だからというわけではないのですが、10月から始まる鳴海中日文化センターの「尼僧と学ぶやさしい仏教入門」秋期講座では、宗教そのものをテーマにしてみました。

タイトルは「宗教とは何か?宗教は必要か?ー--仏教の立場からの考察」と、ちょっと硬い感じですが、身近な話題から宗教とは何なのか?どのように私たちの生き方、考え方、文化、政治に影響を与えているのかなどを考えてみたいと思います。

 3回の講義ですが、どなたにもわかりやすいお話を心がけています。宗教は必要なのか?という、ある意味、僧侶としての私にとってもなかなか難しい話題ですが、浄土仏教の立場からあらためて考えてみたいと思っています。

 ももはなさんのコメントへの答えも、講義の中に入れるつもりです。

 

 興味を持って下さった方は、電話0120-538-763までお問合せ下さい。

「尼僧と学ぶやさしい仏教入門」の講義は毎月、第二日曜の13時半から15時までです。第一回目は10月9日から始まります。

 

幽霊の定番「三角布」は大日如来の宝冠?!

のんびり朝の光を浴びて歩道で寛ぐ奈良公園の鹿

 

 今日は「中外日報」という新聞を読んで、のんびりした午後をすごしました。

この新聞は仏教界を中心に、宗教関連のニュースを扱う専門紙で、1897年に創刊された伝統ある新聞です。

 私は今まで定期購読はしていなかったのですが、統一教会の問題を宗教界がどう受け止めているのか気になるので、購読申込をしようと思っていたところです。

 9月21日号も一面には全国弁連集会で、旧統一教会に解散命令を求める声明が出されたことを大きく取り上げていました。

 その記事ももちろん興味深かったのですが、私の目を引いたのは、葬送儀礼に関するコラムでした。

 

 幽霊というと額に参画の布をつけているのが定番のスタイル(?)ですが、これは「紙冠」と呼ばれるもので、読み方は「しはん」。もともとの意味は大日如来の宝冠を象ったものだそうです。死者は浄土で修行をし、成仏したら大日如来と一体化するということを意味しているらしい・・・・う~~ん、本当かなぁ?

 この紙冠は、ヒタイガミとか、カミカクシとも言われたらしい。カミカクシというのが何だか意味深ですね。

 額につけるだけではなく、イヤリングのように耳に三角の紙をぶら下げる慣習のあった地方もあるとか。

 

 葬送儀礼は今や消えゆく文化です。葬儀会館での葬儀が一般化するにつれ。各地方の慣習も消えていくようです。

 慈雲寺の周辺には、さまざまな「消えゆく宗教慣習」が、かろうじて残っています。こうした慣習を記録に残すのも、「村の庵主さん」としての私の役割かもしれません。

 

旅に行かれないから「極楽」見物Part 3・・・・早朝に大仏様を独り占め!

 

 奈良博物館で「當麻曼荼羅」を満喫して、極楽旅も終了・・・そのまま名古屋へ戻ることもできたのですが、極楽旅でとびきりおおらかな心持になっていた私は、宇宙旅行にも行きたくなって、奈良に一泊することにしました。

 

 お目当ては東大寺です。コロナ禍でだいぶ静かになった東大寺ですが、修学旅行もぼつぼつ再開され始めましたから、昼間でかけたのでは「宇宙旅行」の気分にはなれません。

 実は東大寺大仏殿は朝7時半からお参りさせていただけるのです。市内のホテルに泊まって、開門前には境内で待ってみましょう。

 ひっそりと係りの人が入山の窓口を開けると、中に入ったのは私一人!久しぶりにお会いする大仏様を独り占めでした!

 

 東大寺華厳宗の総本山で、その御本尊、大仏さまは、「毘盧遮那」(びるしゃなぶつ)です。 毘盧遮那とは、サンスクリット語でヴァイローチャナの音訳で「宇宙の隅々を照らす無限の光」を意味します。 

 巨大な仏様を見上げていると、広大な宇宙に満ち満ちている仏の慈悲を感じさせてもらえるような気がします。ましてや、その日の朝は大仏様と一対一!なんとも贅沢な宇宙旅行でした。

 

 じつは、私は昔、恩師の案内でこの大仏さまの台座まで登らせてもらったことがあります。その時はただただその大きさに圧倒されましたが、友達とワイワイおしゃべりしながら(いや、一応調査の名目だったので、おしゃべりではなく「検討」ですかね)だったので、「一対一」の感動とは全く異質のものでした。

 

 他のお寺は、一般の拝観は9時からというところが多いので、この東大寺の7時半は特別です。早朝の光に浮かび上がる大仏様は特別味わいも深く、ご縁も深まるような気がしました。

 ぜひ皆様にもおすすめします。

 

 あ、そうそう鹿たちも朝はのんびりしたようすでエレガントな姿を見せてくれますよ。餌の鹿せんべいを狙って突進してきたりしませんでした。

 

旅に行かれないから「極楽」見物 Part 2

 

奈良の當麻寺の本尊である、国宝の『當麻曼荼羅

 

 

 先月、奈良の国立博物館で行われていた「中将姫と當麻曼荼羅」展を見に行ったお話をこのブログに書き始めました。

旅に行かれないから「極楽」見物 Part 1 - 慈雲寺新米庵主のおろおろ日記 (hatenablog.com)

 

「Part1 」としたので、続きを気にして下さっている方から、「Part 2はいつ書くの?」と催促していただきました。

 気にはしていたのですが・・・・このところ、ブログのエントリー頻度に勢いがないと友人から笑われたりしています。

 

 さて、この極楽旅・・・ではなく、この展覧会ですが、當麻寺の御本尊である綴れ織りの「當麻曼荼羅」は、『観無量寿経』という代表的な浄土経典に描写された極楽の様子を描いた「観経曼陀羅」と呼ばれるものの一種です。當麻曼荼羅は、通常の観経曼陀羅とは違い、7世紀に中国で浄土教の教えを確立した善導大師が『観無量寿経』を解釈した『観経疏』にの説を裏付けるように描かれていると考えられています。

 この曼陀羅は、中将姫が蓮の繊維を使って、一晩で織り上げたと伝えられ、8世紀には當麻寺曼陀羅堂が建てられていたとされています。

 

 法然源空上人(法然上人)の高弟である善慧房証空上人(西山上人)は、この曼陀羅に出会ったとき、善導による『観無量寿経』の解釈とぴったり符号する曼陀羅であることに気づき、歓喜したそうです。

 以来、法然上人を宗祖とし、西山上人を流祖とする浄土宗西山派では、この當麻曼荼羅を縮小模写したものを使って、『観無量寿経』の絵解き説教を行い、教線を広げてきました。

 現在も西山派の僧侶たちは一定の修行が進むと、「曼陀羅相承」と呼ばれる儀式を経て、曼陀羅の絵解きができるように訓練を受ける伝統が受け継がれています。

 

 『當麻曼荼羅』の模写は何度も行われていますが、特に有名なのは室町時代に作られた「文亀本當麻曼荼羅」と、江戸時代に作られた「貞享盆當麻曼荼羅」です。

 今回、奈良博物館の展示の中心になったのは、この「貞享本」の修理の完成を記念したお披露目でした。

 

 慈雲寺にも16分の1サイズ(それでも結構大きい!)の模写があります。毎年、春と秋のお彼岸の期間中に御開帳をしています。

 虫眼鏡も用意してありますので、ご自由に本堂を上がり、お近くでじっくり彼岸(極楽)の様子をご覧ください。(つづく)

恩人の一周忌に花を届けに・・・・

神々に捧げるためにインダス河に流される供養の花

 

 台風15号が近づいて来て、今日は時折雨模様の一日でした。明日は私が僧侶として最も大きな御恩を受けた方の一人、K上人の一周忌です。一周忌の法要はすでに、法類や組寺の方々で行われていましたが、私はどうしてもお花を御供えしたい気持ちになっていました。

 そこでご近所の花屋さんに無理を言って、予定にない日に花市場へ行ってもらい、私のうるさい注文に沿った花を揃えて盛り花に仕立ててもらいました。

 桶狭間から上人のお寺までは10数キロほど。盛り花を持って電車にも乗れないので、自転車で行くことにしました。ナビのルート案内では、大した高低差もなく40分あまりで行かれそうです。

 雨はちょうど止んで風は涼しく、お寺までの道のりは同じ県道をどんどん進んで行けばよいだけなので、迷うこともなく到着しました。

 ナビの言うとおり、所要時間は40分ほど。全行程の7割ほどは広い歩道を走れましたから、車の交通の比較的多い道でしたが、周囲の景色を楽しむ余裕もありましたし、上人との思い出をいろいろと考えながらの「小旅行」になりました。

 

 K上人が、「この子は宗門の役に立つ場があるよ」と言って下さり、周囲の反対を抑えて、本山に「下宿」することを許してもらいました。私は、おそらくこの宗門始まって以来、最も自由気ままに本山での暮らしを楽しんだ僧侶となりました。

 K上人が期待して下さったような「役に立つ」という状況には至りませんでしたが、少しでも法然上人、證空上人の教えを皆さんに知っていただく努力を続けることで、いつか「役にたつ」ようになりたいものです。

 

 それにしても、まだまだ教えていただきたいこと、励ましていただきたいこと、ご恩返しをさせていただきたいことはたくさんありました。

 自転車でも、すぐ近くにいたのに・・・・・お浄土で再会するまで、これからも何度も悔やむことになりそうです。

 

 お届けした盛り花は白を基調にしたもので、仏花とはだいぶ趣が違います。K上人なら、きっと私の気持ちをくんで下さり、笑って受け取って下さったと思いたいところです。

今日(20日)からお彼岸

 今日、9月20日は「秋彼岸の入り」です。秋分の日(23日)を中心に、前後3日ずつ、1週間をお彼岸としています。

 名古屋は台風の影響がまだ残っていて、時折強い風が吹いていますが、慈雲寺の裏手の墓地からはお墓参りの方々の声が聞こえてきます。

 

 お彼岸は日本独自の仏教行事。春分の日秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈む日です。浄土教の教えでは、極楽浄土は西方にあるとされており、真西に沈む太陽がお浄土をより近くに感じさせてくれるのか、春分秋分の日は「この世が極楽に一番近くなる日」と言い伝えられています。

 多くのお寺では、お彼岸の期間中に特別の彼岸法要を行い、六波羅蜜という修行法についての教えなどが説かれています。

 

 浄土教の教えでは、この世とお浄土との隔たりをしばしば「河」に譬えます。私たちが今生きているこのよは「此岸」(こちら岸)、お浄土は「彼岸」(あちら岸)と表現されます。

 中国の浄土教を確立し、法然源空法然上人)を始め、日本の浄土思想に最も大きな影響を与えた善導大師は、『観無量寿経』を解説した『観経疏』という書物の中で、この「河」について述べています。

 此岸と彼岸を分ける河は二つあって、一つには怒りと憎しみが燃え盛る炎の河。もう一つは貪りの波が渦を巻く水の河です。二つの河の間には、幅20センチほどの白い道が通っています。

 二つの河は底なしの深い河ですが、実は川幅は「百歩」、せいぜい50メートルほどだというのです。白い道を歩んでいけば、此岸から彼岸までは、ほんの百歩ほど。お浄土は、此岸のすぐ近くにあるのですね。

 この白い道こそ、お念仏の道です。一見、狭そうですが、お釈迦様がお示しになり、阿弥陀様が向こう岸から迎えて下さっているのですから、安心して歩いていけますね。

 

 慈雲寺ではお彼岸の期間中、極楽の様子を描いた「當麻曼荼羅」の御開帳を行っています。どうぞご遠慮なく本堂に上がり、極楽とのご縁を深めてください。

 また、25日の10時から、お彼岸の法要と當麻曼荼羅の簡単な解説をおこないます。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。

 

彼岸法要と「當麻曼荼羅」御開帳のご案内

 

 慈雲寺には當麻曼荼羅を8分の1に縮小したものがあります。毎年、お彼岸の期間中、皆様に彼岸(極楽浄土)の様子を想像していただこうと御開帳を行っています。

 今年も彼岸入りにあたる9月20日から26日まで御開帳を行います。拡大鏡も用意しますので、ぜひお近くで華麗な極楽の様子をご覧になり、ご縁を深めてください。

 期間中は、本堂の右手奥に展示しますので、どうぞご自由に本堂におあがりください(慈雲寺はいつでも、本堂に上がってお参りしていただけます)

 

また、9月25日(日)の10時からはお彼岸の法要と當麻曼荼羅の簡単な解説ををいたします。

 慈雲寺に墓地をお持ちの方、祠堂供養、納骨供養などでご縁を結んでくださっている方々、毎月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」を聞きに来てくださる方々など、どなたでも歓迎いたします。

 もちろん、これから慈雲寺とご縁を結んで下さる方も歓迎です。どうぞお気軽な服装でおいでください。

◎ご供養なさりたい方の戒名(俗名でもかまいません)や「〇〇家先祖代々」などを書いたものをご用意いただければ、法要の中で読み上げてご供養させていただきます。