
日本の仏教は「葬式仏教」と揶揄されることがあります。
しかし、人間の「死」という現実と直面する葬儀は仏教との出会いの機会でもあるはずです。
今月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、5月24日(日)10時より、葬式仏教とは何か?、葬式仏教から始まる仏教入門をテーマにお話しします。
どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。

日本の仏教は「葬式仏教」と揶揄されることがあります。
しかし、人間の「死」という現実と直面する葬儀は仏教との出会いの機会でもあるはずです。
どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。

仏教は「形のあるものは必ず壊れる」と教えています。上の写真のように美術館で丁寧に保管されている皿も、やがて壊れていくのです。それはいつのことか誰にもわかりません。
私も自分が自転車から吹き飛ばされるとは全く予想していませんでした。ましては後ろから走ってきて車の運転手は急のおばあさんが目の前に飛んで来るなどとは思わなかったでしょう。
「九死に一生を得る」とは、まさにこのことですが、私たちの日々の暮らしは不安定な要素に満ちているのです。
朝、家を出て行った子供や家族が、その夜無事に戻ってくると言うのは、けして「当然のこと」、「当たり前のこと」ではなく、有ることが難しいことなのです。これこそが「有難い」ということなのです。
仏教は「生きることは苦だ」と現実を正しく認識することが教えの基本です。いつも最悪の状況を前提としています。しかし、けして暗い教えではありません。むしろ「有難い」を基本にしているからこそ、すべてがうれしく幸せに思えるのです。
子供が無事に学校から帰ってくる。おばあさんが無事に買い物から戻る。お坊さんが無事に月参りからお寺に戻る・・・・これが全て有難いことだからこそ、幸せなのです。
また、困難に直面した時にも、この「有難い」に気づけばば、必ず状況は変化を続けていることに気が付くでしょう。
さて、私の「事件」の結果ですが、肋骨が一本骨折していました。あの倒れ方で一本だけというのは僥倖でしょう。しかも、折れた骨が肺に突き刺さるなんてこともなかったし・・・頭は全く打っていなし・・・・
しかし、肋骨はギブスをするわけにもいかないので、ただひたすら一日、一日の回復を待つしかありません。笑うのも、咳をするのも痛い!
体の部分、部分が全体のバランスの上に機能しているのだと思い知らされている毎日です。

晩春から初夏の花の季節も終わり、来週は夏日の予想が続いています。
まさに諸行無常です。
人間の命もいつ終わるか全く予測がつかないので、朝家を出て学校や職場に出かけた家族がその日無事に家に帰ってくるかどうかは、「当たり前」のことではなく、「有難い」ことなのだと見るのが仏教の考え方です。
先日、重病で寝たきりの友人のお見舞いに行きました。彼は余命宣告されており、それを静かに受け入れています。しかし、「命」の話になったとき、彼は「私は一日中、家の中で寝ている。あなたは交通の激しい道を自転車で走り回っている。私は余命半年と言われているけど、『今日一日の命の危険』ということから見ると、あなたの方が危ないんじゃないか?」と笑いながら言いました。その時は、私も一緒に笑って、「昔、カナダで下宿していた時のお爺さんにも同じようなこと言われた。本当に寿命はわからないよね。」と答えました。
その数日後、この冗談が、冗談ではなくなりました・・・・
その日、私は歩道を自転車で走っていました。歩道を走るのは道交法違反らしいですが、70歳以上の「老人」はお目こぼしがあるようです。と、いうわけでその歩道を入っていましたが、どうやら歩道にでこぼこがあり、タイヤが引っかかってしまったようで、急に自転車は横転!私は車道に吹き飛ばされてしまいました。
その時、後ろから走ってきた車が素晴らしいマヌーバーで私を避けてくれました。対向車線に車がいなかったのも幸いでした。
継続車は急ブレーキ。空いていた時間だったので、その急ブレーキで玉突きになることもなく、継続車の方がすぐ降りてきて私を助け起こしてくれました。さらに、もう一つ後ろのゴミ収集車の係りの方が、すぐに交通整理。それはそれはスムースでした。
私は頭を打ったりもしませんでしたが、ビックリしたせいか、すぐにはしゃっきり立てず、よろよろしていたので「救急車を呼びましょうか?」と言われましたが、10秒ぐらいで気持ちも落ち着いたし、あまり痛みも感じなかったので「大丈夫」とお答えして終了でした。
仏教は「自業自得」、「因果応報」ですから、あまり「運が良い」というようなことは言いません。しかし、後ろの車の人がスマホで話していたとか、対向車が来ていたとか、悪い要素が重なっていたら、私は確実に轢かれていたでしょう。死んでいても不思議ではなかったと思います。
「九死に一生を得る」という言葉がありますが、こんなに身近なものになるとは思いませんでした。(つづく)

慈雲寺では、冬の間は山茶花が眼を楽しませてくれます。そして梅のが開花すると、それをきっかけに春の扉が開き、次々と花の季節が続きます。ご近所の桜、藤の花も楽しみです。
庫裏の前には植木鉢を並べています。ほとんど世話もしないのに、毎年律儀に花が咲いてくれます。先日からアマリリスがゴージャスな花を開きました。白が終わると、次は赤いアマリリスが咲くはずです。
裏庭のバラが咲き、アイリスも花盛りです。
花が咲くのは嬉しいのですが、毎日、毎日変化し続けているのを見ると、毎年、「諸行無常」という言葉を思い出してしまいます。
「諸行無常」は、時代や宗派を超えて、「仏教」に共通して認められる基本的な教えの一つです。
「諸行」とは因や縁、条件によって成立しているもの、すなわち、私たちの心身をはじめとするあらゆる存在や現象のことです。
現象世界の全ては一瞬もとどまることなく移り変わり変化していきます。これを「無常」といいます。全ては一瞬も留まることなく変化し続けるのです。
昨日まで豪華絢爛に咲いていたアイリスは、今朝の雨のせいか倒れてしまっていました。バラも色が変わっているものもあります。そのすぐ隣ではつぼみが膨らんでいます。明日になれば、花の様子はまた変わっているでしょう。
可愛らしい梅の実が、今朝見たらふっくらとしてきました。
山門前の楓の葉の色も、美しい黄緑から、だんだん色濃くなっています。
こんな風に自然は私たちに「諸行無常」を教えてくれています。何もかもが一瞬も留まることなく変化しているのです。縁が変化し、条件が変わっていけば、同じように見えたものも変化し、やがて消滅していきます。
花の美しさに執着すれば、散っていく姿を悲しく思うでしょう。何かに執着すれば苦しみを招くと仏教は教えています。執着の対象は必ず変化するからです。
無常であるものは苦をもたらすと仏教は観るのです。
こういうと仏教ななんだか暗い教えのようですが、そうではありません。無常だからこそ、一瞬の花の美しさを味わうことができるのです。
全ては縁の重なりによって「仮に」咲いている花のようなものです。明日には倒れてしまうかもしれないし、別のつぼみが咲くかもしれません。
無常のありさまを花に教えてもらいながら、自分のあり方を振り返ってみる初夏の一日でした。

今日は憲法記念日です。
慈雲寺周辺には、毎月の命日に僧侶を招いて読経してもらう「月参り」の慣習がまだわずかに残っています。伝統的な意味での「檀家」はゼロの慈雲寺ですが、いろいろな御縁で月参りを頼んで下さる家もあります。
それぞれのお宅で、戒名を読み上げてご供養するのですが、多くのお宅でご先祖の中に「忠勇」とか「義国」といったような文字を含んだ戒名を見受けることがあります。亡くなられた年月を見ると「戦時中」。亡くなられたのは「戦死」のためと推測できます。
当時、政府は仏教教団に、戦死者には院号を与え、勇者を讃えるような戒名を授けるように指導したようです。
今日もお月参りにうかがって、そんな「戦没者」の方の戒名を読み上げました。
私たちは80年前、こうした多くの戦死者や空襲の犠牲者などの犠牲の上に、平和憲法を築き、それに守られて「戦争の犠牲者を出さない」生活を続けることができたのです。
しかし、今日の読売新聞の記事によれば、アンケートに答えた人の57%が改憲を容認するとしているようです。高市首相は「戦争の出来る国」へ爆走しようとしているように見えます。
私は法学部出身です。最初に「基礎法学」の講義を担当して下さった先生は、助教授になったばかりの若い方でしたが、日本国憲法の素晴らしい精神を熱く語ってくださいました。私の心の中にその時に印象が深く刻まれています。
日本国憲法、とりわけ第9条は、けして単なる理想主義の憲法ではなく、江戸末期以後百年続いた戦争の犠牲の上に築かれた「特別な国」への道を示すものです。
戦争のできる「普通の国」になろうとしているることを、多くの「忠勇居士」たちはどう思うでしょうか・・・・

新緑の美しい季節になりました。上の写真は先日龍谷ミュージアムで出会った、楓の新緑です。それほど広くはない空間ですが、すっかり寛いでしまいました。
さて、5月の慈雲寺の行事のご案内です。
日本の仏教は葬式や法事を中心とした「葬式仏教」だとしばしば揶揄されることがあります。「葬式仏教」とはいったいどんな宗教慣習なのか、葬儀や法要をきっかけに仏の教えに出会うことは、本当に悪いこと、無意味なことなのか・・・改めてご一緒に考えてみましょう。
なお、5月24日は今年の太陰暦(旧暦)では4月8日です。お釈迦様の降誕を祝う「降誕祭」(灌仏会)の日でもありますので、ご一緒にお祝いいたしましょう。
どなたでも解りやすいお話を心がけています。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加ください。
慈雲寺は現在、本堂の改修工事中です。現在は屋根瓦を下ろし、屋根の木組みが露出している状況です。そのため、屋根裏の構造を見ていただくことができます。
慈雲寺は明治期に名工として知られた小野田又蔵の傑作の一つと言われています。尼寺としては破格の規模、贅沢さという点でも注目すべき作品です。
屋根裏や床下の構造を見ていただける機会はめったにありません。

上の写真の絵はモネの描いた「睡蓮」の一つです。この絵は、いわゆる「松方コレクション」の一つですが、第二次大戦中にさまざまな理由でぼろぼろに損傷し、長い間ルーブル美術館の倉庫に放置されていた後、上野の国立西洋美術館に返還されたものです。
私は東京へ行った時には時々この美術館へ行きます。人気の特別展の時ではなく、静かに常設展だけ見られる時を選びます。
この絵は、戦争はこのような芸術作品までボロボロにしてしまうのだと強く訴えています。今回は特別私の心に訴えてきました。その日の朝、政府が防衛装備品の輸出ルールを変更し、殺傷武器の輸出を解禁を決定したというニュースを読んだからです。
私は憲法第9条を基盤とする平和主義を誇りに思い、大切なものだと思っています。40年間、アメリカと地続きのカナダに住んでいたから余計にそう思うのかもしれません。
高市首相はこれで日本が「普通の国」になったと説明しているようですが、私たちは80年前、膨大な犠牲の上に「特別な国」になることを誓ったはずです。
単なる理想、空論だという人もいるでしょうが、宗教家、とりわけ殺生を厳禁されている仏教徒は、高市首相の行動を「浅慮」であり「危険」だと考えずにはいられません。
理想だとしても、世界平和の理想を誰かが掲げ続けなければならないでしょう。私たちは「過ちは繰り返しません」と原爆ドームの前で誓ったのですから。
私はかつて宮沢外相が武器輸出三原則について「わが国は兵器を輸出してカネを稼ぐほど落ちぶれてはいない」と発言したことをカナダの新聞で読んだことを思い出しています。日本は落ちぶれて「普通の国」になってしまったということでしょうか?
ボロボロのモネの「睡蓮」は、静かに私たちを見守っているようです。