慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は7月26日10時よりおこないます。テーマは「『往生要集』からの飛翔:法然」です。源信が『往生要集』で念仏を勧めてから100年後、法然は大きく念仏の意味を変えたと言われています。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

サルスベリが咲くと鬱になる・・・・

酷暑の中、けなげに咲いているけれど、私にとっては迷惑な花です

 慈雲寺の周辺には百日紅(百日紅)の並木があります。これが咲くと、私にとっては「真夏本番」のはじまりです。酷暑の中、けなげに咲いてくれているなぁ・・・とは思うものの、なんだか独りで夏を楽しんでいるみたいな気もして憎たらしくなってしまうのです。

 私は40年間、湿気が少なく、最高気温も28度ぐらいの土地に長く住んでいたので、名古屋の湿気の多い夏は10年たってもなれません。

 百日紅が咲くと、これから3ヶ月・・・エアコン頼りで家に閉じこもるような暮らしが始まるのかと思うとすっかり鬱っぽくなってしまいます。

 今年は、どうも本格的な「鬱状態」となってしまったようで、いつも片付かない部屋がさらに悪化してしまっています。片付ける気力が出ない・・・・でも、僧侶は「一に掃除、二に掃除」と言われるほど、掃除が修行の基本。片付けられないのは、心の乱れに他なりません・・・・罪悪感と自己嫌悪で鬱が深まって行きます。

 

 阿弥陀様は、何の条件もつけずに全ての衆生を救うを誓われて、それを成就なさった仏さまです。ですから、誰ももありのままで良いのです。

 ありのままでお救いいただいていると「腑に落ちた」状態を「安心」(あんじん)といいます。心の底からの全面的な安心感です。

 その「安心」をいただいた後は、「起行」を心がけることが求められています。「悪いことをしない、良いことをする、他の人のためになることをさせてもらう」・・・なんでも良いのです。慈悲の心をやしなう行動の全てが「お念仏」になっていく暮らし。極楽での暮らしを生きている間にも、少しでもしようという行為です。

 その行動が全てお念仏になっていくのです。

 

 う~~ん・・・こんな風に書くことはできるけれど、行動はなかなかできませんね。でも仏教は「実践」の宗教です。一歩でも「安心の上の起行」をすすめていきましょう。

 今日は花屋さんで涼しげな花を買って部屋に飾ろうかなぁ・・・・