慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、4月21日(日)10時より行います。テーマは「法然上人がひらいた『浄土門』とは何か。Part 3 」です。法然上人の弟子、弁長、親鸞、証空が、師の教えをどのように受け止めていたのかをご一緒に学びましょう。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

6月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」のお知らせと慈雲寺へのアクセス

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 慈雲寺では毎月一回、身近な話題から「仏教的な考え方」「仏教のものの見方」について、皆さんと御一緒に学んでいく講座を行っています。「講座」というほど堅苦しいものではなく、私も皆さんに「教える」ことができるような立派な僧侶ではありません。御一緒に学んでいきましょうという会です。

 どなたでもお気軽にご参加ください。

 今月は「檀家とはいったい何なのか?」ということを改めて考えてみたいと思います。菩提寺と檀家との関係が成立した歴史を少し振り返り、これからの「お寺と檀家・信徒」のありかたを見てみましょう。

 慈雲寺は、「家の宗派」にこだわらず、みなさんの「行きつけのお寺」、「親しいの庵主さん」をめざしています。

◎慈雲寺への交通アクセス

 申し訳ありませんが、慈雲寺には十分な駐車場がありません。なるべく公共交通を使っておいでくださいませ。近くの有松ジャンボリーSCに大きな駐車場があります。
そこから、徒歩5分。
★鉄道、バスのアクセス
 名鉄有松駅前から、「有松12番 有松町口無池行き 地蔵池経由」に乗ってください。日曜の9時台は二番乗り場から9時07分と36分に発車します。これらのバスに乗り、郷前(ごうまえ)の停留所でお降りください。そのまま道なりに進むと郷前の交差点に出ます。角に鍼灸院があり、その右手の細い坂道を上がると慈雲寺の屋根が見えてきます。
   また、時間はかかりますが、地下鉄の鳴子北駅から出ている「鳴子13番」のバスも郷前に停まります。日曜は8時45分にバスが出ます。
●地下鉄徳重駅からも郷前に停まるバスがあります。
●栄のバスターミナルからは森の里団地行きのバスが一時間に一本出ています。この場合は、郷前の停留所から道を戻って郷前の交差点に行ってください。日曜は8時50分発があります。所要時間は約40分
●JRの大高駅から緑循環バスの名鉄有松行で郷前に行くことができます。日曜は8時44分と9時44分に出発します。9時台のバスですと10時の開始時間には少し遅れますが、あわてずにおいでください。
●また、同じ緑循環バスの名鉄有松行は南大高駅東にも停車します。9時9分発です。
●JRの共和駅からタクシーで5分。市バスはありません

 

◎今日の写真は、東京の根津美術館で見た中国の石仏です。やさしいお顔の菩薩さまでしょうか?

 

 

今朝の占いは「独立独歩で大吉」・・・どうして占いが気になるの?

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 慈雲寺で定期購読している新聞は、最後のページにテレビの番組表と占いが掲載されています。テレビはめったにみないので、占いのページも同じなのですが、今日は偶然目に入ってきました。今日の私へのご宣託は「百星の明かりは一月の光に如ず。独立独歩して大吉」だそうです。う~~~ん

 そういえば、先日、ある方が「庵主さんは占いを信じますか?この前、すごく良く当たる占い師さんに会って・・・」と言い始めました。その方が感心している「よく当たる」という内容を聞いてみると、性格であったり、実家の家の周辺の様子を言い当てられたというのです。う~ん・・・それって、コールドリーディングと呼ばれるテクニックじゃないのかなぁ?

 少し話せば、その人の性格は見えてくるものだし、「勝気に見えるけれど、本当は繊細な性格ですね。」とか、また反対に「優しい性格のようですが、決断するときは大胆ですよね」とか、見た目と反対なことを言うと「まあ!誰も知らない私の本質を見抜いた!」と思ってしまう人も多いでしょう。これも一つの心理作戦です。

 実家の様子・・・なども、少し話しているうちに、古い日本家屋の多い地域の出身だということがわかれば「ああ・・・なんか松の木が見えますね。ちょっと変わった枝ぶりの」なんて言うと、「当たり!」の確率はかなり高い。自分の実家になくても、「ご近所にあったでしょう?」と言えば、たいてい当たります。

 

 とはいえ、私は占いを全面的に否定するつもりはありません。「独立独歩で大吉」という言葉が頭に残れば、今日は多数派の意見に流されず、自分の考えをのべようと思うし、「今日は怪我に注意」という占いが出れば、いつも以上に道路を渡る時に気を付けます。でも、その程度。占いに拘ってがんじがらめになってしまっては意味がありません。ましてや、金の壺や、魔除けの腕輪などを勧められて買ってしまうのは愚かです。

 こだわりや執着から離れようとすれば、道はおのずと見えてくるものです。

 ところで、占いの話でもなんでも、「庵主さんに聞いてみよう」、「慈雲寺の庵主さんはどう思うかなぁ?」なんて、気軽に声をかけて下さる方、大歓迎ですよ。慈雲寺にはいつでも冷たいお茶を用意しています。

六月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」のテーマは「寺院と檀家の関係 - 歴史と未来」です。

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 あなたは、ご自分の家の「旦那寺」のことをどのくらい御存じですか?何宗のお寺か、それはどんな教えを中心にしている宗派ですか?ご住職とは顔見知りですか?葬儀や法事以外のことで、そのお寺の僧侶に会ったことはありますか?

 あなたには、胸の内の哀しみや苦しみ、そして喜びを語れる「顔見知りのお坊さん」、いつでもでかけて仏様と向き合える「いきつけのお寺」がありますか?

 今月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、檀家と旦那寺、住職と檀家さんたちとの関係など、その歴史を振り返り、将来、どういう風に変化していくのかについてお話ししたいと思います。

 どこかのお寺の檀家になると、いろいろ面倒らしい・・・お金もかかるらしい・・・でも、葬儀や法事の時に、見も知らない派遣坊主では哀しい・・・そう思うかたも多いでしょう。皆さんの疑問やご希望をぜひ聞かせてください。

 6月17日(日)10時より行います。どなたでもお気軽にご参加ください。どの宗派の方、仏教徒以外の方も歓迎いたします。無料

◎慈雲寺への交通アクセス

 申し訳ありませんが、慈雲寺には十分な駐車場がありません。なるべく公共交通を使っておいでくださいませ。近くの有松ジャンボリーSCに大きな駐車場があります。

そこから、徒歩5分。

★鉄道、バスのアクセス
 名鉄有松駅前から、「有松12番 有松町口無池行き 地蔵池経由」に乗ってください。日曜の9時台は二番乗り場から9時07分と36分に発車します。これらのバスに乗り、郷前(ごうまえ)の停留所でお降りください。そのまま道なりに進むと郷前の交差点に出ます。角に鍼灸院があり、その右手の細い坂道を上がると慈雲寺の屋根が見えてきます。
   また、時間はかかりますが、地下鉄の鳴子北駅から出ている「鳴子13番」のバスも郷前に停まります。日曜は8時45分にバスが出ます。
●地下鉄徳重駅からも郷前に停まるバスがあります。
●栄のバスターミナルからは森の里団地行きのバスが一時間に一本出ています。この場合は、郷前の停留所から道を戻って郷前の交差点に行ってください。日曜は8時50分発があります。所要時間は約40分
●JRの大高駅から緑循環バスの名鉄有松行で郷前に行くことができます。日曜は8時44分と9時44分に出発します。9時台のバスですと10時の開始時間には少し遅れますが、あわてずにおいでください。
●また、同じ緑循環バスの名鉄有松行は南大高駅東にも停車します。9時9分発です。
●JRの共和駅からタクシーで5分。市バスはありません。

◎今日の写真は、慈雲寺が属する浄土宗西山派西山浄土宗)の総本山光明寺の風景です。この小さな庭は「大奥」などのロケ地として、ときどきテレビに登場します。

仏壇を「お気に入りの場所」にする・・・月参りのお勧め

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 先日、Kさんが慈雲寺を訪ねてくださり、「今月からお月参りを再開して下さいませんか?」との相談でした。

 慈雲寺は少々特殊な立場のお寺で、江戸時代からの意味での「檀家」はありません。しかし、先代までは、近くの大寺のお手伝いとして、周辺のお宅に月参りの「代参」をしていました。先代が老齢となり、月参りができなくなると、代わりの僧侶も来ることがなくなり、月参りの習慣もそのままになっていました。

 しかし、私が慈雲寺に赴任してから、少しずつ月参りを頼んで下さるお家が増えてきました。

「お隣から庵主さんのお経の声が聞こえてきたら、うちの仏壇でもう長い間どなたにもお経をあげていただいていないのに気が付いて、寂しくなった。」と言ってくださるかたもいます。

 毎月、僧侶という「他人」を家の奥(仏間はだいたい家の奥にあるので)まで入れるのは、いろいろ気を遣うことです。月参りを止めても、別に罰が当たった様子もないし・・・ということでしょうか?

 しかし、月参りにはさまざまな功徳があります。部屋を片付け、仏壇の掃除をし、お花を替えて、お供えを整える・・・僧侶を迎えて読経をしてもらうだけではなく、その時に胸につかえていること、嬉しかったこと、悲しかったことを少し話してみてはいかがでしょう?

 僧侶にとっても、月参りは檀信徒と直接出会える大切な場です。

 毎月のお参りが時間的その他で負担が大きいなら、祥月命日やお彼岸の日などにお参りしていただくというのはどうでしょう?お盆の棚経もおすすめですが、多くの僧侶は「棚経に走り回る」という状態になりますので、できれば日にちを少しずらす(7月盆や8月初頭)と良いでしょう。

 仏壇を貴方の心が安らぐ空間に変えてみませんか?いや、「変えて」というのはおかしいですね。もともと仏壇は、仏様と貴方が向き合う祈りの場なのですから・・・

 でも、仏間のしつらえ、花や床の間の軸などなど、自分の「お気に入りの場」になるように変えてみてはどうでしょう?仏間のない家、仏壇の無い家なら、どこか、あなたにとって安らぐ場所を作って、小さな仏像をお祀りしてはどうでしょう?今は、小さくて、モダンなデザインの仏壇もたくさんあります。

 慈雲寺は、こうしたご相談にいつでも応じさせていただきます。お気軽にお訪ねください。

◎今日の写真も東京の根津美術館で見た、中国の石仏です。

「夢告」という宗教体験

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 今朝がた、とてもはっきりした夢を見て目が覚めました。その時は、夢の内容がありありと記憶に残っていたのですが、着替えたりしている間に曖昧になってしまいました。でも、かつて御恩になったKさんのことだったのは覚えています。Kさんは、私が旅行ライターになったきっかけを作って下さった方です。ですから、「かつて」ではなく、御恩は今も続いていると言うべきでしょう。ご無沙汰していることが気になって、夢となったのでしょうね。さっそく、今夜、お手紙を書いてご無沙汰をお詫びしようと思います。

 ところで、フロイトを始めとして、多くの心理学者が「夢」に興味を持っています。人の心の奥にあるものが夢になって浮かびあがってくるからでしょうか?

 仏教では、仏様や高僧などに夢の中で出会い、教えをいただく宗教体験を「夢告」といい、とても大切にしています。有名なのは、法然源空上人(法然上人)が夢の中で、善導大師と出会い、阿弥陀仏の教えを受け継いだとされる夢告です。善導大師は法然上人より500年ほど前に生きていた中国の高僧。中国で浄土教を確立した方です。

 夢の中での出会いは、現実の出会いと全く同じ意味があるとされ、場所や時を超えて、善導大師と法然上人の間には師弟関係が結ばれたと考えられています。善導大師は阿弥陀仏の化身という信仰もありますので、法然上人はその浄土思想が阿弥陀仏から直接授かったとすることもできるわけです。

 この他にも、聖徳太子と夢の中で出会った親鸞聖人の信仰体験などが有名ですね。

 もちろん、夢で見たことが全て現実とされているわけではありません。正しい宗教体験なのか、単なる悪夢なのかを見分ける力も必要なわけで、夢告の解釈は難しいものがあります。

◎今日の写真は、根津美術館で見た、中国の石仏です。

坪庭の手入れを「身施」していただきました。

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 今日は朝からご近所のEさんが坪庭の手入れに来て下さいました。私も一緒に庭に降りて、なまけになまけていた落ち葉の掃除や草引きをしました。Eさんは「やってね、と頼まれて来るのではないから、気楽でいい。」と優しくおっしゃって下さいました。

 自分の時間と労力を使って、他の人を手助けすることも大切な布施行の一つです。これを「身施」(しんせ)といいます。布施は自分の修行と供養の第一歩と言えるでしょう。

 布施というと金銭のことをまず思い浮かべると思いますが、そのお金を得るために人は時間を使い、労働し、つまり命の一部を供養しているのです。身施も同じですね。その方の時間、労力、つまりは命を供養しているのです。

 この布施は「喜捨」とも呼ばれます。喜びをもって捨てることができるというのが大切です。誰かに頼まれたからとか、良い人と思われたいからとか、ご近所の手前・・・ などという動機ではなく、「純な気持ちでできるだけのことをさせてもらう」という気持ちが修行につながるのです。

 布施行は、行えば行うだけ、心が穏やかになり、豊かになっていくものです。

 Eさんの身施のおかげで、坪庭は美しくなってきました。

◎今日の写真は、慈雲寺の属する浄土宗西山派西山浄土宗)の総本山光明寺の新緑のようすです。

三蔵法師とザビエル

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 先日から平岩弓枝が翻訳(翻案??)した『西遊記』を読んでいます。私は『西遊記』が好きなので、今までいろいろなバージョンを読んできましたが、平岩版は読みやすくて、しかも三蔵法師の心の動きが細かく伝わってきて面白い!さっそくAmazonで全巻ゲット。電車やバスの中で読もうと、いつもお出かけ用のカバンに入れています。

 実は、私には悪いくせがあって、面白い本は集中して読み切るのがもったいない気持ちになってしまうのです。面白ければ面白いほど、他の本に手をだして寄り道したくなる。単に集中力に欠けるせいなのか、子供っぽい「面白いことはできるだけ長く」の気持ちなのかわかりませんが・・・・

 というわけで、『西遊記』は読み続けているのですが、今回も寄り道。古川薫の『ザビエルの謎』に寄り道を始めました。これはテレビ番組の取材で、ザビエルの日本布教から、彼の死にまつわる謎を追った著者のエッセイです。ザビエル、そして彼の属していたイエズス会の東洋布教については、以前からとても興味がありました。インドのゴアに仕事で行ったときも、ザビエルの遺体が安置されている教会にも行きました。

 イエズス会がなぜ、あれほど熱心にアジアに布教したかったのか?ザビエルはどうして短期間の間に日本人信者を多数獲得できたのか・・・同じ「布教」をする身としては強く興味を惹かれます。あ、ザビエルと私を「同じ」なんて言ったら図々しすぎますけど・・・・

 異教徒との出会いも、三蔵法師玄奘とザビエルとは大きく違います。もちろん、『西遊記』の中の三蔵はフィクションですけれど。なんとなく、二人のことを並べて考えていると面白い。

 無茶苦茶な寄り道読書も、時には良いことがあるようです。

◎今日の写真は、国宝の「飛青磁花入」です。大阪市立東洋陶磁美術館に所蔵されています。鉄分が青磁の表面に小さな雲のような模様を浮き上がらせています。綺麗!