慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は7月23日の10時より行います。テーマは「お盆の意義と作法」です。どなたでもお気軽にご参加くださいませ。

「○○○していきます。」って言葉遣いなんだかいやだな・・・・

☆今日の「お釈迦様のお言葉」

行いよく、平安の境地に達したい人は

次のようにふるまうべきである。

自分の能力を活かし、正直で、正しく、言葉やさしく

柔和にして、思い上がらない。

『スッタニパータ』より

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 仏教では、「言葉」というものをとても大切にします。優しさと慈しみのある言葉を人に掛けること自体が「愛語」と呼ばれる大切な修行のひとつとされているほどです。

 このごろ気になるというか、聞くたびに心の中にザラッとした感触がのこるのが、「○○○していきます。」という言葉です。「たまねぎをみじん切りに切っていきます。」とか、「手を伸ばしていきます。」とか、動作になんでも「行きます」をつける人が増えているように感じます。「いきます」は継続を表す言い方ですから、「今後も努力を続けていきます。」というような表現に使うものだと思っていましたが、「みじん切りにしていきます。それをフライパンに入れていきます。それからポン酢をかけて焼き上げていきます。」と続くと違和感いっぱいです。

 この「行きます」が丁寧な言い方・・・とされているのでしょうか?「みじん切りにします。それをフライパンに入れ、ポン酢をかけて焼き上げます。」というとぶっきらぼうな感じなのかしら?う~~~ん。

 言語学の研究をしている友達に言わせると、言葉は生きているのですから、どんな「間違った」使い方でも20年みんなが使えば「正しく」なるのだそうです。友人が挙げた例は「全然」。今では「全然駄目だった」というように否定に使われることが多いこの言葉も、以前は「全然良い」という表現が普通だったとか・・・・

 う~ん・・・20年かぁ。そうすると、そろそろ私の嫌いな「目線」も認めなければいけませんかね?「視線」の方がずっと綺麗な言葉だと思いますが・・・

●今日の写真は慈雲寺が属する西山浄土宗の総本山光明寺にある石庭「信楽庭」です。普段は一般公開されていませんが、紅葉期の特別拝観のときには公開されます。