慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、4月21日(日)10時より行います。テーマは「法然上人がひらいた『浄土門』とは何か。Part 3 」です。法然上人の弟子、弁長、親鸞、証空が、師の教えをどのように受け止めていたのかをご一緒に学びましょう。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

孤独と向き合うのが修行の第一歩(孤独について Part 1)

◎今日のお釈迦さまのお言葉

欲望は、わたしには災厄であり、腫れ物であり

禍であり、病であり、矢であり、恐怖である。

もろもろの欲望には、この恐ろしさがあることを知り

犀の角のようにただ独り歩め

 

今枝由郎訳 『スッタニパータ』より

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寝屋川の中学生殺害事件に関連した記事の中で、今日、特に心に強く残ったのは、「子供たちが抱える孤独」の問題でした。

 LINEでは数百人もの人と“繋がって”いるはずなのに、生身の人間と実際に向かい合うことは少なく、夜の街をさまよう子供たちの中には心に深い孤独にさいなまれている者が少なくないそうです。

 何百もの携帯上の“絆”より、本当に「生の」自分を肯定し、受け入れ、愛してくれる人に出会うことの方が大切です。親との間にそうした関係が作れないなら、祖父母、友人、地域の住人、そしてご近所のお寺の和尚さん・・・・一人でも「あなたの存在は私にとって意味がある。あなたが生きているだけで、私は嬉しい」と心から言ってくれる人に出会うことが、人生の分かれ道になることもあるでしょう。

 子供たちが抱える心の問題を大人がしっかり受け止められることが大事だと思います。そのためには、愛情を持ち、その子供にしっかりと関心を持つこと、十分に観察し、話を聞くことが大切でしょう。

 今日の「お釈迦さまのお言葉」に出てくる「犀の角のようにただ一人歩め」とは、お釈迦さまが弟子たちに向かって、発した言葉です。修行には「孤独と向き合う」ことが重視されます。無暗に苦行して、欲望を押さえつけてしまうのではなく、静かに心を鍛えることも大事なのです。

●今日の写真は、モントリオールの博物館で見た、イヌイット(カナダ北極圏に住む人々)彫刻です。解説には、「ヨーロッパ人が持ち込んだお酒に酔ってアルコール中毒を引き起こしました。この彫刻はアルコーる中毒に関連したようです。彫刻は深い孤独にさいなまれているかのような表情です。