慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

10月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、10月29日(日曜)10時より行います。テーマは「末法の時代に生きる」です。どなたでもお気軽にご参加ください。

喪中の方でも、寺院へは初詣においでください。

f:id:jiunji:20151230184211j:plain

 今日もたくさんの方がお墓参りにいらしてくださいました。本堂にお参りして下さった方々も多く、嬉しく思いました。お参りの方に、「庵主様、いつも楽しそうですが、今日はとりわけニコニコしていらっしゃる!」と言われてしましました。松の落ち葉がご近所にご迷惑をかけているほかは、これといって悩ましいことのない年末です。ニコニコしてしまいますよね。

 さて、さきほど、今年ご家族の一人を亡くされた方がいらして、「お正月のことはどうしたら良いでしょう?」と聞いてくださいました。

 神道では「穢れ」というものをきらいます。とりわけ「死」は忌むべきものと考えられています。そして、死のケガレは周囲にも影響を及ぼす強い力があるとされてきました。ですから、近親者に亡くなられた方があると、新年の挨拶も避けてできるだけ人と会わないようにするのが礼儀とされています。

 しかし、仏教はこのような考え方をしません。死は人間が生きるうえで決して避けることのない苦しみです。しかし、「人間は必ず死ぬ」ということを見据えてこそ、生きる意味も見えてくるのです。近しい人の死は、そのことを改めて考えさせてくれる大切な機会です。

 ですから、近しい人の「死」は哀しい、さみしいことではありますが、「穢れ」ではないし、「不幸」ですらないのです。

 喪が明けるまで、神社へのお参りは遠慮すべきですし、家の中の神棚も扉を閉めておくというような作法を大切になさると良いでしょう。

 しかし、一年の終わりと新たな年の初めを静かにお寺で過ごすのは良いことだとおもいます。慈雲寺では大晦日の11時45分ぐらいから、お勤めをいたします。慈雲寺には鐘はありませんが、伏せがねをゆっくり叩いてみようと思っています。そして、年が明けたらすぐ、修正会という一年の最初のお勤めをいたします。どうぞ、心穏やかに一年のスタートをできるように、お参りください。どなたでも歓迎いたします。

◎今日の写真は名古屋市の水族館で見たベルーガイルカです。私は水族館が大好きです。