今日は名古屋市の葬儀場でお葬式を勤めさせていただきました。小人数のお葬式でしたが、お浄土へ旅立たれる方への縁者の人々の深い思いの伝わってくるお式でした。私も、お導師さまと一緒に心をこめて読経させていただきました。
会葬者の方々が火葬場へ行っていらっしゃる間、私はある本を読んでいたのですが、そこに仏教の「苦」というものへの考え方の説明が書かれていました。
「生老病死」は人間の根本的な苦しみだと仏教は考えます。しかし、老いるから苦しいわけではない。老いなかったら、子供はいつまでも大人になることさえできません。つまり、苦しいのは、思い通りに老いることができないからだというのです。早く大人になりたいと思ってもそうはいかないし、もうこのへんで成長は止まっても良いと思っても都合よくはいかない。老いは自分の思い通りの速度、方向では進んでいかないのです。
たまには学校や会社を休んで本でも読みたい、都合よく風邪でもひかないかな~なんていうことがうまくいけば、病気もそれほど苦ではないでしょう。都合よく治ってくれないから苦だというのです。
う~~ん・・・そうかぁ。そういう説明もあるかなぁ・・・都合の良いタイミングでぴんぴんコロリで死ねないから苦しいのでしょうか・・・・
このことは、もう少しゆっくり考えてみようと思います。