慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

4月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、4月21日(日)10時より行います。テーマは「法然上人がひらいた『浄土門』とは何か。Part 3 」です。法然上人の弟子、弁長、親鸞、証空が、師の教えをどのように受け止めていたのかをご一緒に学びましょう。どなたでも歓迎いたします。お気軽にご参加ください。

アライグマの侵略!桶狭間は野生の王国なのか?!

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実物はこんなに可愛くて、間抜けな顔ではなく、凶暴そうだった!

 

 先日の夜更け、読書をしていたら台所の勝手口の辺りからポリポリという音が聞こえました。

 ああ・・・また野良猫がどこからか侵入して猫のドライフードを食べているのか・・・

 と思ってソッと覗いてみると、なんと丸々太った巨大なラスカルじゃなかったアライグマでした!縞々模様のふさふさした尻尾を揺らしながら、私の方をゆっくりと振り返る・・・顔が怖い!上のイラストのような間抜け顔ではなく、しっかり野生化してサバイバルに勝ち抜きましたという顔つき。

 

 カナダでは、アライグマは狂犬病のウイルスを持っている可能性があるとして非常に危険視されています。日本ではそこまでは言われていないようですが・・・

 いや、しかしアライグマは凶暴な動物であることは間違いない。しかも、でかい!

 

 ともかくも、穏やかに家から出て行っていただきたく玄関の扉を開け、私は部屋に閉じこもっておりました。しばらくすると足音がして・・・どうやら退却したようです。

 

 実はここ数日、玄関前に置いた鉢(めだかの赤ちゃん用)に浮かべていたホテイアオイがグシャグシャにされていました。今まで、そんないたずらをする猫はいなかったのですが・・・これもどうやらアライグマ。めだかを狙ったのでしょうか?

 安全な場所に移動させました。

 

 いやぁ・・・桶狭間に赴任してから、巨大な青大将やらタヌキやら、いろいろと野生動物に遭遇しました。アライグマは外来種。人間の勝手な都合でペット化し、飼えなくなると放逐・・・その結果、外来種として駆除される立場になってしまったわけです。

慈雲寺に進入したアライグマは丸々太って、毛もツヤツヤ。なんとかサバイバルしているようですが、駆除を考えなければならないかもしれません。哀れで悩ましいところです。

 

 実は慈雲寺の属する浄土宗西山派西山浄土宗)の総本山光明寺でも、アライグマによって建物や桧皮葺の屋根が大きな被害を受けたことがあります。

 う~ん・・・凶暴顔のラスカルよ。本堂を齧るのだけはやめてくれ~~!

 

 それにしても、事の始まりは勝手にペットを野生化させた人間ですよね。

 

お盆っていったいいつが正式? Part2

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お盆の精霊棚の設えや供えものは地方によって大きく異なります

 

 お盆は、その仏教的根拠となっている『盂蘭盆経』に従って行うなら、太陰暦(旧暦)の7月15日。つまり7月の満月の日ということになります。

 私たちが今使っている太陽暦でいえば、今年のお盆は8月22日です。8月19日に迎え火を焚き、23日にご先祖をお見送りしてください。

 

 とはいえ、生きているものの都合で、お盆の慣習はどんどん変化しています。関東地方などは、明治政府が太陽暦を正式に採用したとたんに、カレンダーどおりの7月盆に変化しました。

 旧暦へのこだわりが強い地方でも、大雑把に一ヶ月遅らせて8月13日~15日をお盆としていますが、これでは大雑把過ぎるではありませんか?!

 また、養蚕の盛んだった地域では、お盆の時期がかつてはお蚕のお世話のピークなので、それを避けて、養蚕が暇な時期に先祖を迎えていた慣習が残っている所もあるのです。

 

 ご先祖さまは、生きている子孫の都合で帰ってくる日を決められて大丈夫なのでしょうか?

 

 浄土教の教えに従えば、全然OKです!極楽へ迎えとってもらった人は6つの神通力がつくのですが、そのうちのひとつに、「どこへでも、いつでも行き来できる」というのがあります。さまざまな仏国土を巡ることができるのです。もちろん娑婆に戻って来るのも自由自在。

 私たちが祖先を思うとき、祖先は即座に呼びかけに応えて寄り添ってくれるのです。

 ですから、お盆の日にちはこだわらなくても大丈夫!喜んで娑婆の人間の都合に合わせてくれるはずです。

 

 では、いつでも帰ってこられるなら、なぜお盆が特別なのでしょう?

 それは、祖先の精霊を「まるで生きている人が帰ってきたようにもてなす」というところです。生きているからこそ、馬に乗って帰って来るのだし、迎え火を焚いて足元を照らし、三食家族と一緒に食事をするのです。

 できるだけ多くの人が集まれる日を選んで祖先を迎え、まるで生きていたときのように一族で団欒し、祖先の思い出を生き生きとリフレッシュするところがお盆の特別さです。

 ご先祖たちのエピソードを大いに語って、子孫に語り継いでいきましょう!エピソードを文章に残しておくのもお勧めです。

 

  しかし、コロナ禍が落ち着くまで、長距離の移動は避けた方が良いでしょうし、密になるような状況でお酒を飲んで大声というのはやめるべきですよね。今年は静かに祖先を偲びましょう。

 

長崎の原爆の日に再び祈る

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長崎に投下された原爆の空中写真です。

 今日は長崎に原爆が投下されてから76年目の日です。

朝から台風の影響なのか、強い風が吹いていました。本堂のガラス戸が吹き飛ばされるような形でレールから外れてしまいました。しかし、幸い倒れてガラスが割れることはなく、少し苦労しましたがなんとかレールに戻すことができました。

 長崎の被災者の方のためにご供養をさせてもらったのですが、落ち着いた気持ちですることができず、なんだか上の空・・・・心をこめてというわけには正直いかなかったのです。

 そんな気持ちでインターネットのニュースを見ていたら、菅首相が長崎の平和祈念式典での挨拶が出ていました。首相が自分で書いた文章とは思えません。側近の官僚の文章でしょうか?当たり障りのない、いかにも心がこもっていない文章です。

 十分に心をこめて御供養させていただけなかった私には批判する資格はないかもしれませんが・・・・

 下に首相挨拶の全文をコピーしておきます。

 

首相あいさつの全文は次の通り

 本日ここに、被爆76周年の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠をささげます。

 そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。

 世界は今も新型コロナウイルス感染症という試練に直面し、この試練に打ち勝つための奮闘が続いております。

 我が国においても、全国的な感染拡大が続いておりますが、何としても、この感染症を克服し、一日も早く安心とにぎわいのある日常を取り戻せるよう全力を尽くしてまいります。

 今から76年前の今日、原子爆弾によって一瞬にして焦土と化しましたが、市民の皆様の並々ならぬご努力により、長崎は焦土から立ち上がり、平和と文化を象徴する国際文化都市として、めざましい復興を遂げられました。

 この地が美しく復興を遂げたことに、私たちは改めて、乗り越えられない試練はないこと、そして、平和の尊さを強く感じる次第であります。

 長崎及び広島への原爆投下から75年を迎えた昨年、私の総理就任から間もなく開催された国連総会の場で、「ヒロシマナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします」と世界に発信をしました。

 唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩ずつ、着実に前に進めていくことは、我が国の変わらぬ使命です。

 現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。

 核兵器不拡散条約は、核兵器国及び非核兵器国を含む191の国と地域が参加する国際的な核軍縮・不拡散体制の基礎です。日本政府としては、次回NPT運用検討会議において意義ある成果を収めるべく、核軍縮に関する「賢人会議」の議論等の成果もいかして、各国が共に取り組むことのできる具体的措置を見いだす努力を、引き続き粘り強く続けてまいります。

 被爆者の高齢化が進む中、被爆の実相を世代と国境を越えて広めていく重要性はますます高まっております。我が国は、被爆者の方々とも協力しながら、核兵器使用の惨禍に関する記憶を受け継いでいく取り組みを継続していく決意であります。

 被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策の推進をしてまいります。特に、原爆症の認定について、できる限り迅速な審査を行うよう努めてまいります。

 結びに、ここ長崎市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、長崎市民のご平安を祈念いたしまして、私のあいさつといたします。

 令和3年8月9日

 内閣総理大臣菅義偉

お盆っていったいいつが正式? Part1 

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お盆の灯篭。風情のある美しいものがたくさんあります。

 

 以前にも書きましたが、私の毎月の楽しみの一つが、定期購読している『月間住職』。寺院の住職を対象にした業界誌です。お寺の経営問題から、宗教的な議論、僧侶の犯罪問題まで、幅広いテーマを扱うなかなか興味深い雑誌です。

 そろそろこの雑誌から執筆依頼が来てもいいのに・・・と、ちょっと思ったりしています(笑)

 さて、今月のテーマのひとつが「お盆の時期」。お盆休みは8月13日から15日周辺ということになっているようですが、全国的にはかなり差があるのです。

 お盆は『盂蘭盆経』というお経を根拠にした仏教行事ということになっていますが、中国の道教儒教、そして日本古来の民俗的慣習とも深く結びついています。

 『盂蘭盆経』によれば、7月15日は僧侶たちが集まって修行をする夏安居の最終日。この日僧侶たちは、夏安居の間の自分の行動や修行の状況について自ら反省を行います。この日に僧侶を供養することによって功徳を得る。その功徳を自分の父母や祖先に廻向することができるのです。

 

 そうなると、「7月15日」というのがポイントになります。実は道教でも7月15日は重要な日です。道教では一年を三つに大きく区分しますが、そのうち「中元」に当たるのが7月15日なのです。この日には、祖先の霊が戻ってくる日として霊魂の供養を行う重要な日です。

 

 この日付で大事なのは、すべて太陰暦、つまり月の運行に基づいた暦だということです。各月の15日は必ず満月ということになります。

 

 ですから、本来のお盆は太陰暦(旧暦)の15日を中心にした行事です。今私たちが使っている太陽暦で7月15日とか8月15日とかするのは、厳密に考えれば間違っていることになります。

 太陰暦の7月15日にこだわるなら、お盆の日は太陽暦のカレンダー上は毎年違った日になります。今年は8月22日が旧暦の7月15日です。

 経典に基づいたお盆の供養をしたい方は、ぜひ22日を考慮してください。実際、沖縄など太陰暦に基づいた慣習を大事にしている地域では、旧暦の7月15日を中心にお盆の行事を行っています。

原爆の日に祈る

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原爆被災直後の広島のようす。中央に見えるのが、現在の原爆ドーム

 76年前の今日、広島に原子爆弾が投下された日です。毎年放送される原爆関連の特集番組もなく、テレビはオリンピックの「感動」を撒き散らしていました。

 原爆の犠牲者やその遺族の方々のために、短い法要をさせてもらったのですが、ほんの15分ほどの読経の間にも、汗がつぎつぎと流れてきました。さぞ、あの日の広島も暑かったことでしょう。

 

 コロナ禍は収束のめどが見えてこないどころか、事態は予想しにくい方向へ進んでいるように思えます。

 オリンピックの報道が「感動した」とか「選手の活躍から勇気をもらった」と叫ぶたびに、とても空しい気持ちになります。

 選手たちが命がけで戦う姿は感動を呼ぶ・・・・本当でしょうか?毎日のラッシュアワーに電車に乗っている人たちも命がけでしょうに。

 コロナ禍で仕事を失った人、隔離で家族に会えなかった人、入院したまま亡くなって死に目にも会えないし、葬儀もできなかった人・・・・さまざまな悲しみを「オリンピックの感動」は癒してくれるのでしょうか?

 

 私たちは76年前、誤った判断で戦争を続け、原爆の被災者を含めて、多くの犠牲者を出してしまいました。無理やりオリンピックを強行した流れと共通するものはないでしょうか?

 自分の国に誇りを持つことは良いことです。私も40年のカナダ暮らしから日本に戻ったことをうれしく思っているし、日本で日本人として生きられることを嬉しく、誇りに思っています。

 しかし、その気持ちと、「国威発揚」に踊らさせれて空しい「感動」に酔うことはまったく別のことだと思います。

 

 今日は金メダルの数より、原爆の犠牲者、犠牲になった街や歴史を思って祈る一日でした。

明道尼の思いを受け継いでみたい・・・・お茶の接待あります

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田中健三著『豊明郷土絵図 二』より 「落合の茶所と明道尼」

 

 慈雲寺の門に「慈雲寺文庫」を開設してから一年以上になります。この文庫は、いつでも誰でも貸し出しOK。読み終わったら返却して下さっても良いし、誰か別の方に渡して下さっても良い。自分が処分したい本との交換も大歓迎です。

 本棚を寄付して下さった方もあって、なかなか盛況です。思わぬ本にも出合えるので、私もニコニコ。

 その慈雲寺文庫に、先日、重たい本が何冊か置かれていました。そのうちの二冊が、『豊明郷土絵図』です。慈雲寺は名古屋市の東端に位置していて、数百メートル先は豊明市。昭和63年に発行されたこの本には、慈雲寺周辺の歴史や習慣などが、著者の田中健三さんのほっこりするような絵とともに語られています。ぱらぱらと読むだけで楽しい!

 取り上げられている話題は多岐にわたっていますが、そのひとつが明道尼さんの話です。この尼僧さまは、幕末の安政年間に豊明郷の落合村の庵で暮らしていた方のようです、

 明道尼は、この庵で観音さまを御護りしながら、東海道を旅する人にお茶の接待をしていたのだそうです。炎天下や極寒の時期に街道を旅する人たちは、この尼僧様のお茶をとてもありがたいと感じていたようです。

 明道さまも、街道を行き来する人たちとの話を楽しんだことでしょう。

 

 慈雲寺でも、冷たいお茶の用意がしてあります。本堂に上がって、阿弥陀様と一緒に一服してください。塩分補給の飴やお菓子も用意してあります。

 どうぞ、どなたでもご遠慮なく・・・・ 庫裏にお声がけしてくだされば、なお嬉しいです。

 

 明道尼の思いを受け継いでいきたいものです。

 

 

 

8月の慈雲寺の行事とお盆のご供養のお知らせ

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なななんと舎利弗(お釈迦様の十大弟子の一人)さまのお舎利です。

写真撮り放題!いいのかなぁ?

 今日、電気代の請求書が届きました。先月にくらべて倍近くに増えている!原因は明らかで、エアコンです。慈雲寺のエアコンは古いものなので、電気消費量は呆れるばかり。おまけにあちこちに穴の開いた障子(しかも建て付け悪し)なので、熱効率は呆れるばかり・・・でも、一日数百円の電気代増加で、一日中灼熱の世界から逃れられるのですから、文句は言えないかも。

 

 さて、夏本番といえばお盆です。朝5時半から夜の8時まで棚経に走りまわるという友人の僧侶もいますが、慈雲寺はそれほど忙しくなるわけではありません。

 お盆の時期に「たまにはお坊さんにお経をあげてもらって、ご先祖の供養を」という方がおいででしたら、慈雲寺でもお手伝いさせてくださいませ。どなたでもご供養させていただきますので、お気軽にご相談ください。

 慈雲寺の電話:052-621-4045

 

◎本来のお盆は、旧暦(太陰暦)の7月13~15日に行うものです。今年は新暦の8月20日が旧暦の7月13日に当たります。本来の旧暦のお盆を行いたいという方もご相談に応じます。

 

◎8月の行事

1)8月22日 夜7時半より 満月写経の会

 慈雲寺では毎月満月の夜にお月見を兼ねた写経の会を催しています。必要な道具は全てそろっていますので、初めての方でもお気軽にご参加ください。

 

2)8月29日 10時より 尼僧と学ぶやさしい仏教講座

 ★テーマ:戒名とは何か、あらためて考えてみましょう。

 「講座」というタイトルはついていますが、日常の暮らしの中からテーマを選び、仏教のものの見方、考え方をお話する会です。どなたでもお気軽に聞いていただけるお話を心がけています。

 

3)8月31日(旧暦の7月24日)地蔵盆 

 毎月24日はお地蔵さまのご縁日です。特に旧暦の7月24日は子供たちの健やかな成長を祈る地蔵盆の日です。今年は、8月31日がその日に当たります。

 普段は秘仏になっている地蔵菩薩像の御開帳をいたしますので、お子さんやお孫さんとご一緒におまいりにいらしてください。本堂の開いている時間なら、いつでもご自由にお参りいただけます。

 また、お子さんがたのために、交通安全のお守りを用意しますので、ご自由にお持ち帰りください。