慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

7月の「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は、7月17日(日)10時より行います。テーマは、お盆の起源と言われている、目連尊者と地獄へ落ちてしまった彼の母親のお話です。どなたでも歓迎いたしますので、お気軽にご参加下さい。

お彼岸中は六波羅蜜を心がけてみましょう Part4

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 お彼岸も終わりに近づいてきました。

 今日はお墓参りの帰りに、「庵主さんのお話したい」という方が二人見えて、ひとしきりお話されていきました。こんな風に、「胸につかえていることがあるときは、慈雲寺の尼さんのところへ行ってみよう!」と思って下さる方がいることは、とても嬉しいことです。

 私には的確なアドバイスをする力はありませんが、「聞く耳」は少しあるようです。しばらく、胸の中にわだかまっているものを言葉にしていくうちに、多くの方が自分で方向を見出していかれます。私は、仏教というものの見方、考え方を少しお話すると、選択肢が一つか二つ増える感じでしょうか。

 選ぶのは結局本人。仏さまの前でゆったりした時間を過ごすと、ざわついた心が落ち着いてくるので、よりよい選択をする可能性も高くなるはずです。これを「仏様のお導き」として素直に受け止めることが大切です。

 

 さて、お彼岸の間に、悟りへ導く六つの仏教的実践「六波羅蜜」のお話を続けましょう。六波羅蜜の四番目は「精進」です。正しい努力を続けていくことを意味します。仏教では「続ける」ということを重視します。

 それを「くせ」のようなものと言っても良いかもしれません。良いことをすれば、それが因となり縁となって、良い行いが続いていく、そしてそれが「くせ」になっていく。

 反対に一つの悪が次の悪因、悪縁を生んでいく。「嘘つきは泥棒の始まり」という言葉に象徴されるように、たとえ小さな悪行でも、それがどんどん雪だるまのように膨らんでいくのです。

 「自業自得」の「業」はこうした、積み重ねの生むものと言っても良いでしょう。自業自得というと悪いことばかりに使われがちですが、善き行いは、良い業をに結びついていくのです。

 

◎今日の写真は、東京の大田区にある鵜木の光明寺で拝ませていただいた阿弥陀様です。