慈雲寺新米庵主のおろおろ日記

愛知県では緊急事態宣言が延長されましたので、残念ながら慈雲寺で行う予定だった「尼僧と学ぶやさしい仏教講座」は中止いたします。なお、お彼岸中の「當麻曼荼羅御開帳」や「満月写経の会」は予定通り行います。

このブログの目的 Part 2  尼僧志願の方を受ける側の事情 その4-2

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有松の旧東海道にある小路。江戸時代にそのままタイムスリップできそうな気がします。

 

 尼僧を志して下さる方に参考になればと思い書き始めた「このブログの目的」ですが、かなり長くなってしまったので、今回が最終回。また別の機会に、角度を変えてお話することもあるだろうと思いますが...............

 

 さて、最後は「こんな方に弟子に来ていただけたらありがたい!」という私の勝手な都合を書かせて下さい。

 前回に書きましたが、私が弟子に望むのは、「仏教徒として生きていきたい。仏の教えを学びたい」という気持ちだけです。それ以外のことは、すべておまけ・・・

 おまけですから、あれば嬉しいけれど、なくても良いことばかりです。

1)私より優れた人に出会いたい!

私はライターの仕事をするうちに、たくさんの優れた人に会う機会がありました。アメリカの国務長官マイクロソフト社の重役など、世間的な「大物」だけではなく、地元の歴史をコツコツと研究している郷土史家の方や、防災の知恵を磨く消防団員などの身近なヒーローたちにも会うことができました。そのおかげで、人が持っている優れた点を見つけたり、それを賞賛したりすることが素直にできるようになりました。

 私はいろいろな面で「足りない」人間です。私の足りないところで、優れた能力を持っている方が身近にいて下されば嬉しい。尊敬し、感心し、「すごいなぁ!」と驚ける人がそばにいてくれるのは、とてもありがたいことだと思うのです。

 こつこつ努力する能力、掃除や整頓が得意、事務能力がある人・・・・ああ、もうきりがないほどありますね。

 

 私が教えられることは少ないですが、手持ちのカードは惜しげなく弟子の方に提供したいと思います。

 私で教えられないことは、私の知り合いをどんどん紹介して教えていただきましょう。

 

2)自分の仕事を持っている人が望ましい

 これは純粋に慈雲寺の経済事情です。経済的に余裕のある寺院なら、お寺のことに専念してもらって、生活の場を提供し、学校の授業料、本代、衣食住+おこずかいぐらいの面倒は「まかせなさい!」と言いたいところです。これは現時点での慈雲寺の状況では難しい。でも、もちろんできるだけのことはして差し上げたいと思っていますが。

 また、自分の仕事を持って、「お金を稼ぐ」ことや「自分の力で暮らす」経験をした人は、僧侶になって布教をしたり、檀信徒を相談にのったりするときに必ず役にたつと思います。

 

3)同居や介護は望んでいません

 弟子になって、師僧に仕え、日常生活の中からさまざまな教えを受けていくというのが、伝統的な師僧と弟子の関係です。しかし、私はこの「同居&介護」で得るものよりも、失われるものの方が大きいのではないかと危惧しています。私のように、こちら側に弟子に与えるものが少なければなおのことです。

 相談相手、一緒に学ぶ仲間ぐらいの関係で、それぞれ自立した状況をキープしていった方が良いと思うし、介護をしてほしいという気持ちは全くありません。私はできれば、晩年を各地で布教をした歩く「遊行僧」としてふらふらしながら生きていきたいと思っています。

 

 う~ん・・・・なんだか都合良すぎますかね。私の弟子にならなくても、出家を考えていらっしゃる方にいろいろなお話をすることはできると思います。どうぞ遠慮なく、ご相談においで下さい。電話052-621-4045