
高野山で単なる観光以上の体験をしたいと思ったら、まず宿坊に泊まるのが基本であり、醍醐味でもある。
宿坊は、それぞれが寺院。本来は、その寺院に縁の深い参詣者が宿泊するためのもの。あくまでも信仰の場だ。食事は精進料理だし、朝の勤行に参加するのも宿坊の宿泊者ならではの修行の機会だ。
それぞれの寺院には歴史があり、建物や庭園にも特徴がある。それらを「縁者」として体験できるところに特別な味わいがあるのではないだろうか。
しかし、今の高野山の宿坊は巡礼者などの信者が宿泊するところではなく、すっかりゴージャスは「お宿」になってしまっていた。
一泊10万円などという部屋も珍しくはなく、「特別な体験」を求めて世界各地からやってくる贅沢な旅行者を迎える場になってしまっているようだ。
私たちが泊まった宿坊も、明らかにインバウンドの旅行客を目当てに改築している雰囲気だった。
部屋は美しく、高級なベッド、温泉まで揃っていた。もちろん、とても快適だったので文句のあろうはずはないけれど、なんだか違う・・・という気持ちが湧いてくるのを止められなかった。
朝の勤行の参詣者は大半は外国人。マナーはけして悪くはなかったが、焼香などの手順が十分に案内されないので、静かではあるが混乱状態。正直、気が散ってしまってゆっくりお参りする気持ちにはなれなかったなぁ・・・・
私もあちこちの外国で宗教施設を訪れたことがあるので、文句を言う資格はないのだろうが・・・・世界中の人が日本の「信仰の場」に興味を持ってくれるのは嬉しいことなのだと思いたいのだけれど、必要以上に宿坊を「インバウンド仕様」に変えていくのは、結局魅力を失ってしまうことにならないのだろうか?いやに寝心地の良い大型ベッドに寝ながら、なんとなく心配になってしまった。